愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 言葉とは裏腹。撫でる手は温かく優しい。ぶっきらぼうな彼の本当の優しさが分かってしまい、キネは心が仄かに温かになるのを感じた。

「それでも俺は、お前の怪我が治って良かったって思ってる。放っておけなかった……死なれても何せ寝覚めが悪いからな」 

 そんな言葉と態度から、キネの脳裏には大親友の少女の姿がふと重なり合った。 
 死なれても寝覚めが悪い。そう、彼はタキの言った言葉とまったく同じ言葉を言ったのだから……。

「これも縁だ。だから、俺が死ぬまで──」 

 龍志が全て伝えきる前だった。

詠龍(えいたつ)様は!」 

 あれから大人しく畳の上で正座していたイヌタデが、龍志に向かって突如吠えるように叫んだのだ。 

 彼の名は「龍志」のはず。 
 ──詠龍。それは、彼の名ではない。だが、どうしてだろう。キネにとって、聞き覚えの響きだった。 

 途端に脳裏に朧気に浮かび上がる姿は、龍志と瓜二つの青年の姿。 
 違う部分は、髪の長さ。それから、神に仕える者らしきしっかりとした礼装で……だが、それ以上は何も思い出せない。

(今のは……詠龍様って……) 

 キネは(うつつ)に引き戻され、再び龍志を見る。 
 彼の表情──それは明らかな怒りが滲み出ていた。 切れ長の目は更に吊り上がっていて、黒金の鋭い眼光でイヌタデを睨み据えている。 
 それはまるで、鬼を彷彿する形相で……。

「おい……〝使役〟される分際を弁えろ」 

 低く凄みのある声色だった。それはまるで、命じることに慣れた厳かなもの。 
 龍志は、懐から真っ新な短冊をイヌタデに向かって突きつける。すると、彼はたちまち朱色の煙となって短冊に吸い込まれた。 

 真っ新だったはずの紙には、歪な朱の紋様の囲い。 
 その中心に『(イヌタデ)』と、達筆が浮かび上がっていた。

『式を従え、悪しき悪霊や妖を祓う──神通力を扱う陰陽師だ』 
 イヌタデが語った言葉が改めて蘇る。

「……取り乱して悪かった。気にするな、忘れてくれ」 
 イヌタデが吸い込まれた短冊を懐にしまいつつ、彼はキネに目も合わせず小さく詫びた。
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