愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 青光りするほど黒々とした濡羽色(ぬればいろ)の短い髪に、切れ長な輪郭を彩る深く澄んだ黒曜石の瞳。精悍(せいかん)な顔立ちの青年が、目を細めて突っ立っていた。

 身に纏うのは鉄紺(てっこん)の作務衣。着崩したその首には手ぬぐいを巻き、泥で汚れた足袋を手に持つ。いかにも「農作業の最中です」と言わんばかりの装いだ。だが、そんな汚れた軽装さえも彼には似合い、鋭い妖艶さを帯びた風格は微塵も崩れていなかった。

 ──素敵。と、何度見ても素直にそう思って、キネはつい見とれてしまう。だが、あられもない自分の体勢を思い出し、慌てて姿勢を正した。

「とりあえずな。約束は覚えているだろ。やることはちゃんとやってくれ。働かざる者──」
「……食うべからず」

 合言葉のようにキネが続きを言うと、龍志は「宜しい」と短く応え、縁側で足袋を履き始めた。

 彼の名は龍志(りゅうし)──氏も含めれば吉河(よしかわ)龍志(りゅうし)と名乗っただろう。キネはそんなことを思い出し、彼の後ろ姿を見つめた。

 広い背中に繋がるうなじが、妙に色っぽく美しい。人の丸い耳の形も、どこか神秘的に見えて、キネは思わず息を飲んだ。
 だが、キビキビ働かないとまたどやされる。ふと我に返ったキネが、雑巾がけのために前屈姿勢を取った瞬間──

「──ああ、そうだ」

 龍志が突然会話を切り出し、キネは吃驚して振り返る。深い黒曜石の瞳と視線が合い、キネの頬がたちまち熱くなった。

 ただ水拭きをしているだけ……だが、腰を高く上げた前屈姿勢は、獣の妖のキネにとってひどく恥ずかしい格好だった。
 いたたまれず顔を紅潮させたキネは、へたりと腰を落とす。

「サボるなら夕飯を減らすぞ」
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