愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 切れ長の目をじとりと細めた龍志は、呆れた調子でキネを突っぱねる。対して、キネはすかさず首をぶんぶんと振った。

「違います! その、だって……私だって雌なんです! 床を綺麗にするとは言え、こんな格好を殿方に見られるのは恥ずかしいのです!」

「ああ。確かに、まぁ獣の妖からしてみりゃ……」

 ……交尾の姿勢と同じ。と、彼はようやくキネの羞恥を理解したようだ。

 だが、その続きを平然と言おうとするものだから、キネは「言わなくて結構です!」と、悲鳴に近い叫びを上げた。

 そんなキネの反応がよほど面白かったのだろう。龍志は「そう」とあっさり切り返すと、唇に怪しい弧を描く。瞳には「もっと虐めてやりたい」と言わんばかりの嗜虐的な光が宿っていた。

 ……これはまずい流れだ。キネはそう悟り、身を竦めた。

 このまま彼の調子に乗せられれば、問答無用で弄られるに違いない。また尻尾を掴んで反応を楽しむ……なんて破廉恥なこともやりかねない。そう思ったキネは、知らん顔で掃除を再開した。

 別に、龍志はいつもこうではない。普段の彼はぶっきらぼうで、口数は多くない。一か月ほど一緒に暮らしているが、時折こんな嗜虐的で危うい顔を見せるだけだ。

 その兆候が現れ始めたのは一週間ほど前から。キネがドジを踏んだり、極端に恥ずかしがったりすると、嗜虐癖な彼の格好の標的になる。それが分かったキネは、なるべく毅然とした態度を心がけていた。

「……私、一応は病み上がりですけど」

 そっぽを向いたまま、手だけはしっかり動かし、キネはきっぱりと言った。すると、龍志は一つ息を抜く。

「阿呆。骨に異常なし。傷は完治。打撲も完治。とっくに治っているだろ。ほら、さっさと掃除を終わらせろ。夕飯は油揚げに豆腐に菜っ葉ぶっ込んだ味噌汁だから頑張って床を磨けよ」

 さらりと述べると、彼は手を伸ばし、キネの頭をワシャワシャと撫でた。

「──ああ、そうだ」の続きは、味噌汁の具材のことだったのだろうか。

 油揚げに豆腐──人の食を知って以来、キネの大好物だった。初めて食べたときの感動は今も鮮明だ。そのとき、龍志は何も言わずに勝手におかわりをよそってくれた。……つまり、完全に胃袋を掴まれてしまったのだ。

 好物を出してくれる彼のさりげない優しさに、キネの心は温かくなる。だが、そんなことを考えると、胸の奥がむず痒くなる。言葉にできない思いに、キネは小さく唇を噛んだ。

 特に返す言葉も見つからず、せめて礼を言うべきかと迷っていると、龍志はすでに庭に出て、納屋の方へ足早に去っていった。

 ──ああ、どうしよう。私、どうすればいいの。おタキちゃん助けて。

 縁側から覗く薄雲漂う初春の青空を見上げ、キネは大好きな親友の名を心の中で何度も呟いた。
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