愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
弍章

第8話 のんだくれの式神

「さて唐突だが……社の修繕を行おうと思う」

 新緑の香る昼下がりの縁側で、龍志がぽつりと切り出した。

「本当に唐突ですね」

 龍志の隣に腰掛けた蘢は、湯飲みを持ち、赤い瞳を丸く開く。季音は少し離れてその様子を眺めていた。

「昨日麓に降りた時に大工に声かけられてな。木材がだいぶ余っているそうで……要るか? なんて聞かれたもので。追々少しはどうにかしてやろうとは思ってたものだから」

 陽光が眩しいのか、龍志は目を細めて答える。

 ここへ来て二年。初めて聞いたことだった。

「……龍志様の生まれはここじゃないのですか?」

 季音が思わず尋ねると、すぐ口を噤む。蘢の冷たい視線が刺さったからだ。悪いことを()いたつもりはないのに、初対面の気まずさが響いているのだろう。

「言っていなかったか。俺の生まれはもっと南東だ。ここに来たのは二年程昔だな」

 龍志は蘢を気にせず、さらりと答えた。

「……そうなんですね。どんな場所だったのですか」

 季音は戸惑いながら、ありきたりな質問を投げかける。

 龍志は家出してきたらしい。出身は黒羽より二つ離れた海沿いの潘、松川という地。吉河神社で生まれ、神社と寺が同居する不思議な環境で育った次男だという。諸事情で家出し、黒羽に流れ着き、二年前。この廃社を見つけ、地主と交渉してタダで譲り受け、住み始めたと語る。

「流れ着いた余所者とは言え、そこそこ名の知れた社の出身の証明はできるし、お陰様で麓の村の人間の信頼を得るのは簡単だったな。祈祷だとか神職らしい依頼も受けているが、百姓の手伝いや大工の手伝いの労力と食い物の交換で生計得てるようなものだ」

 ――麓は老人が多いもので、若い男の手が少ないからな。と、さっぱり付け加える。

 陰陽師が中心ではないのか。季音がおずおず龍志を見ると、蘢が大袈裟にため息をついた。

「それで……社の修繕は主殿が一人で行うのですか。いかにも貧弱な(いぬ)と狐を助手にするには頼りないとは思うのですが。まさかとは思いますが、あの者に手伝って貰うのですか?」

 蘢は赤い瞳をじとりと細め、季音と龍志を交互に見て、再びため息をつく。

 ――あの者。別の式神がいるのだろう。季音は身構えて龍志を見た。
 蘢のようなツンツンした神獣が増えれば、居心地が悪くなる。自分の立場など皆無に違いない。
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