愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 不安が顔に出たのか、龍志は季音を見てくすりと笑う。

「お前らひ弱組には内部の掃除でもしてもらう予定だ。意外にも柱がしっかりしているお陰もあって内部はまだマシだ。床板の腐食が予想より酷くなかった。外板の張り替えや補強が中心になるから力仕事だしな。あいつに頼る他無いだろ」
「呼ばないでくださいよ。まだ季音殿の方がマシです」

 季音は耳を疑う。蘢に名を呼ばれたことに吃驚(びっくり)したが、「季音の方がマシ」と高貴な蘢が言うとは驚きだ。

「私の方がマシです、か……?」
「はい。もう一体の式に比べれば貴女の方が三割以上はマシです。季音殿は良い意味では気遣い上手ですが、悪い意味で人の顔色を窺うわ……と、ウジウジしていて腹は立ちますけど、余計な口は挟みませんし女子(おなご)の鏡のように淑やかですからね。まだ良いです」

 早口できっぱりと言われ、季音は目を点にする。
 褒められているのか貶されているのか分からないが、両方だろう。蘢に視線を向けると、彼は居心地悪そうにそっぽを向く。

「我が儘言うな。お前の護る社が雨風で倒壊するより良いだろ。それに、お前は〝まだマシな〟季音と一緒だしな。梅雨が来る前にどうにかしたいんだよ。というか、式同士少しは仲良くしろ」

 龍志が宥めるように言うが、蘢は不服そうにそっぽを向いたままだった。
 しかし、蘢にここまで苦手意識を持たせるとは、いったいどんな式だろう。

「龍志様、蘢様。その式ってどんな方ですか……」

 季音は気になり、思わず尋ねると、龍志と蘢は顔を見合わせ、一つ頷く。

「色々と暑苦しい馬鹿だな」
「脳みそが筋肉で出来た馬鹿です」

 ――馬鹿しか共通点がない。

 ざっくりした言葉に、季音は眉を寄せる。

「まぁ……呼べばいいか。お前はまだ会ったことも無いし、会えばすぐ分かる」
「呼ばなくていいです」

 蘢はふて腐れて言うが、龍志は彼を一瞥するだけ。作務衣の懐から呪符を取り出し、唇に当てて厳かな言の葉を詠唱する。呪符の『(オボロ)』の文字が煙のように舞い上がり、ゴゥと荒々しい音が響き始めた。

 朱色の煙が影を形作り、酒樽を抱えて眠る赤髪の青年が現れる。
 ――鬼だ。側頭部と額に立派な角があり、季音は一目で種を判別する。
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