愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~

第9話 朽ちゆく社の修繕作業

 翌日から、社の修繕作業が始まった。

 早朝、龍志は木材を何往復も運び、社の前に積み上げる。
 装いは長手甲だけ――引き締まった素肌が朝陽に映え、キネはそっと目を細める。胸が小さく高鳴り、慌てて視線を逸らした。

「さて野郎共、絶好の修繕日和だ」

 龍志が戯けた調子で言う。だが、蘢は遠くを見つめ、眉を寄せて無言。
 朧は二日酔いで地面にへたり込み、青白い顔でうなだれていた。

 酒樽を膝に抱え、時折「うっ」と(うめ)き、ふらつく姿は、まるで山から転がり落ちた鬼のよう。
 額に汗を浮かべ、酒樽に寄りかかって唸るたび、季音はくすりと笑いを堪え、そっと鼻を押さえる。

 ……とんでもない酒臭さが漂う。

 その酒気に蘢は露骨に顔をしかめ――懐から扇子を取り出すと、「くさっ」と呟き舌打ちを一つ。
 嫌悪感たっぷりの仕草だが、どこか愛嬌がある。まるで高貴な子犬が不快な匂いに耐えかねるよう。季音はまた笑いを噛み殺した。

「とりあえず前に言った通り、俺と朧は外装。蘢と季音は中の掃除や床の修繕をやってくれ。中はさほど時間はかからないだろうが、終わったら外の手伝いに回ってほしい。修繕はできるなら梅雨前には必ず終わらせたい」

 龍志がさらりと告げると、朧がげっそりした顔で手を挙げた。

「おい龍。梅雨入りってことは、よくてあと一週間あるか分からないだろ」

 朧は唇をひん曲げ、青い顔で訴えた。確かに朧の言うことには一理ある。皐月(さつき)も終わり、水無月(みなづき)になれば梅雨がやってくる。外板を外した社に雨が降れば、内部が水浸しになる。一週間で修繕は無謀だろう。季音は不安げに龍志を見上げた。

「できるかじゃない、やるんだよ。神が消えたとはいえ、俺の式がたった一匹になっても護り続ける社が朽ちていくのを見るのは、いい加減嫌なんだ。だいぶ落ち着いた頃合いだったし、一匹居候が増えたことで人手が増えたから、やろうと思った」

 龍志は蘢と季音を交互に見て、穏やかに微笑む。だが、蘢は複雑な表情を浮かべ、すぐに俯く。
 社に一礼し、無言で竹箒を手に内部へ足早に入っていった。

「相変わらず可愛げのない犬っころだな」

 半眼になった朧は酒樽に肘をついて、はぁと深くため息をつく。

「神が消えた社……」
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