愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
「さぁ……そんなところで突っ立ってないで、さっさと掃除を始めてください。埃が舞うと僕の毛並みが台無しになるんです」

 蘢がツンと鼻を鳴らし、背を向ける。だが、声にはほのかな柔らかさが、確かに混じっていた。
 季音は明るく答え、箒を手に社の隅から掃き始めた。

 季音は箒を動かしながら、蘢の背中をちらりと見る。
 ツンツンした態度でも、彼の気遣いが少しずつ分かってきた。初対面の冷たい視線に怯えたあのときとは違い、今の蘢は心をほんの少し開いてくれている気がする。季音は勇気を振り絞り、そっと話しかけた。

「蘢様、あの……掃除はどのように進めればよろしいですか?」

 季音の丁寧な声に、蘢が箒を止めて振り返る。赤い瞳がじろりと季音を捉え、眉を寄せる。だが、すぐに小さなため息をつき、ぶっきらぼうに答えた。

「……そんなこと、深く考える必要はありません。とにかく、隅から隅まで丁寧に掃いてください。埃が残ると、僕の尾が汚れてしまいますから」
「はい、気をつけます! 蘢様の尾、とてもふわふわで綺麗ですものね」

 季音が無邪気に微笑むと、蘢の耳がぴくりと動き、顔が一瞬赤くなる。
 すぐツンとそっぽを向くが、その頬がほのかに染まっているのが見えて、季音は思わず微笑んでしまった。まるで照れ隠しするようで愛らしい。

「ふん、余計なことを言わないでください……さっきの酒臭い鬼に絡まれて、うんざりしているのです。埃まみれになるのだって本当は嫌ですけど……」

 蘢は床を拭きながら小さくぼやく。
 だが、その声には明らかな照れが混じいるのか震えていた。

 確かに余計な口を挟めば、それこそ本当に怒鳴られそうな気もしてしまう。
 妖と神獣……あまりに格式が違うのだから。

 キネは口を噤み、それ以上は何も言わなかった。

 ※※※

「ところで龍。あの気難しい犬っころと狐の嬢ちゃんは一緒で大丈夫だったのか?」

 作業開始から間もなく、板を選別する朧が呟いた。
「平気だろ。むしろ、いかにも体力的に貧弱そうな二匹に外の仕事を任せられるか? そのために、お前を呼んだようなものだが……」

 龍志がしれっと言うと、朧は「ちげぇよ」と首を振る。

「お前から前に少し話は聞いてるが、犬っころの件においても、大昔のあの嬢ちゃんも何かしら絡んできたことなんだろ……今の嬢ちゃんにそんな面影も見えやしないが」

 朧は慎重に言う。龍志は彼を一瞥するが、何食わぬ顔で板の選別を続けた。

「おい、龍……」

 答えないことに苛立ったのだろう。
 朧が荒く言うので、龍志はやれやれと首を振り、再び彼と向きあった。

「……確かにそうだ。だが、今のあれは別の生き物と言っても過言じゃない。何もかも、どれもこれも全部覚えていないからな」

 龍志は目をそらし、あっさり切り返す。

(あれじゃあ、まるで……)

 心の中でぽつりと呟き、龍志は瞼を伏せた。
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