愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~

第10話 堕ちた女神と奪われた身体


 ――時は、今より三百年以上も昔に遡る。

 まだこの社に(いぬ)と獅子の護衛がいた時代、この社殿には豊穣の女神が奉られていた。

 蘢の話によれば、女神は狐の姿をしたらしい。とても美しい白い毛並みに透き通った藤色の瞳を持つ麗しき獣だったそうだ。

 だが、神の位を持つ者は実体がない魂だけの存在だ。
 目にすることができるのは、妖や神獣くらいで人はその姿を見ることができない。亡霊を見ることができる霊媒師や陰陽師でも神を見ることはできないものだった。

 しかし、神という存在は荒神(あらがみ)に墜ちてしまうと、まず実体を欲するもので人や獣に乗り移ることがある。この社の女神の場合は、神主に嫁いだ娘に取り憑いた。

 娘の名は、藤香(とうか)
 それは、龍志の前世――藍生(あいお)詠龍(えいたつ)の妻だった。

 輪廻転生。魂は巡り巡る。龍志がそれをはっきりと理解したのは、物心ついたときだった。
 そのころから人には見えるはずもない者がはっきりと目に見えていたし、妖や霊獣と呼ばれる者たちを目にする機会も多く、話すことだってできた。

 龍志の生家は、山々に囲まれた黒羽と呼ばれるこの地より南東に下った松川という地にある。
 吉河神社と藍海院。神社と寺の二つが敷地内にある神社仏閣――海に面した高台に位置するその寺社は松川の地では知らぬ者はいないほど名が知れていた。

 その吉河神社の次男として龍志は生まれた。

 追々(おいおい)は、宮司となる兄を支えるための禰宜(ねぎ)になることが龍志として生まれたときからの宿命だった。
 だが、兄や父とは違い見えるはずのないものが見えてしまうことや、意味の分からない過去の記憶が年々蘇り続けることに自分が突飛もない異常者と彼は思った。

 それゆえに、十六歳になったころには彼は荒みに荒んでしまった。

 社にいることは稀だった。堅苦しい禰宜(ねぎ)の装束に袖を通したことは片手で数えられる程度。
 その粗暴な荒れぶりと言ったら、今思い返せば自分でも引くほど――色情狂と言わんばかりに境内に参拝に訪れる女を引っかけ遊び惚けるのは日常茶飯事。街で歌舞伎者に売られた喧嘩は年中無休で買っていたものだった。

『由緒正しき吉河の恥』と父に怒鳴られ母を幾度泣かせたか分からない。
 とんでもない、不良神職者だっただろう。
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