愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~

第2話 山の妖

 輪廻転生。人の世界にはそんな教えがあるらしい。
 魂は巡り巡る。それは獣の特徴を持つ非ず者も同じで、紛れもない事実だった。

 狐、狸、(いたち)(いぬ)、猫──そんな獣の物の怪は、一度獣として死に、化けて「(あやかし)」となる。あるいは、長く生きて「瑞獣(すいじゅう)」となる道を辿る。妖は「輪廻」、瑞獣(すいじゅう)は「転化」と成立に違いはあるが、見た目では大差ない。

 だが、その格は雲泥の差だ。瑞獣(すいじゅう)は神に仕える神獣に並び、高貴で頂点に近い存在。
 一方、獣の妖は、鬼や天狗(てんぐ)、元が人だった妖の下に位置する。

 しかし、どちらも元はただの獣。転化しようが輪廻しようが、獣の頃の記憶を受け継ぐのが普通だった。
 だが、キネにはその過去の記憶がほぼ皆無だった。

 キネが輪廻を果たしたのは、つい最近──昨年の夏の終わりのことだ。
 初めて目にしたのは曇天。豪雨が叩きつけ、暴風が吹き荒れる中、土の臭いが鼻腔を満たし、キネは目を覚ました。

 そのときのことはあまり覚えていない。夏の雨とはいえ、全身ずぶ濡れで凍えるほど寒かったことだけが鮮明だ。
 だが、「誰かに会いたくて仕方ない」という不可解な本能が心を支配していた。

 そのとき、キネは藤の装飾が施された金の(かんざし)を握りしめていたという。それは、恩人であり後に親友となった狸の妖の少女・タキから聞かされた話だ。
 タキによれば、北の沢近くで起きた地滑りの野次馬に来た際、輪廻したてのキネを偶然見つけたのだという。その後数日、輪廻や記憶についてタキから聞かされた。

 そこでキネは、記憶を持たない自分の異常さを初めて知った。同時に、妖気を纏わない不自然さもタキに指摘された。
 普通、妖は誰もが妖気を纏う。獣の妖も輪廻を果たせば、当たり前に妖気を帯びるものだ。

 妖気とは、妖が身を守るために妖術を扱う不可欠な力。狐なら、人に化けたり、狐火を操ったりする術が使えるとタキは言った。
 キネはタキに習い、狐狸(こり)の変化術を試したが、何度やってもできなかった。

 過去を何も覚えていない。自分の名すら分からない。妖気は皆無で、妖術も使えない。
 なぜ生まれ変わったのかも分からない。突きつけられた現実は、絶望だけだった。
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