愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 無論、すぐ新たな叱責が飛ぶか振りほどかれるかと思った。だが、蘢は再び大人しく前を向いて黙り込んでしまった。
 自分の毛質とはまた違うふわふわとした髪の指通りは気持ちが良い。そう思える反面で、何故かどこか懐かしいと思えてしまった。
 ただの狐の頃、彼に出会っているのかもしれない。しかし、触れたこともあるのだろうか……と、そんな疑問がふと過ぎった。
 そんなことを考えつつ、彼の髪を高く一本に纏め、季音は懐から紐を取り出して彼の髪を留めた。

「どうです、さっぱりしました?」
「……はい」

 返答は非常に素っ気なかった。だが、落ち込んでいるよりは幾分もマシだろうとは思えてしまう。
 季音は蘢の隣に腰掛けて改めて彼の方を向いた。

「龍志様は蘢様のことを大事に思ってますよ。そうでなければ蘢様が守り続ける社の修繕なんて思いつきません。朧様もそれに協力しています。龍志様ってああいう素っ気ない性格なので序列などないですよ。どちらも大事に思われてると思います。式神でもない私が言うのもおかしいですが、私にはそう見えますよ」

 季音は思ったことをはっきりと告げる。すると、たちまち彼の白い頬が僅か朱色に染まり初めて季音は目を(みは)った。

 ……こんな顔もするんだ。と、思ってしまった。
 異性であることは分かっているが、その(おもて)があまりに綺麗だから、何だかまるで麗しき乙女のようにさえ見えてしまう。

「……季音殿は龍志様に、確実に雌として愛されてるとは思いますが」

 見惚れるほどの美しい顔で蘢は淡々と告げる。
 だが、言われた言葉はあまりにも突飛(とっぴ)なもので、季音は驚いて藤色の瞳を丸く(みは)る。

「あ、あい?」

 思わず声が裏返ってしまった。
 そんな反応が面白かったのだろうか。蘢は噴き出すようにケラケラと笑い始めたのである。

 それも初めて見る顔。冷淡で気難しい……その上、毒舌。そんな風に思っていたのに。この表情は先程の照れた顔とは違って、まるで無邪気な少年のよう。
 季音は恨めしそうに彼を射貫く。

「はは。ああ、季音殿ひとつ警告を。あんなすました顔をしていても、主って実はかなり頭の中は爛れてるので。望まぬ貞操の危機でも感じたら境内まで走って僕に助け求めて良いです。僕にできる恩返しはそれくらいでしょうが。まぁ、痴話喧嘩みたいなのは除外で」
「蘢様も冗談を言うのですね……」
「さぁ。僕は冗談は言いませんが」
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