愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
第14話 せせらぎの裏に隠された獰猛な妖気
――怪我はないか?
覆い被さる龍志に訊かれて季音は頷いた。
無傷だ。確かに吃驚したが、咄嗟に彼が庇ってくれたお陰で刃に当たらず済んだ。寧ろ、よく分かったものだと彼の俊敏さには驚いてしまう。
しかし、季音にも妖気を感じ取る力はある。それなのに、タキの声を聞くまでその気配をまったく感じなかった。それどころか、沢に降りてきた時点で、妖の気配は一切なくて……。
「おタキちゃんの妖気も匂いも感じなかったわ……どうして」
「多分天候だ。晴れたとは言え湿気が多いせいもあるだろうな。水辺ということもあるだろうな。簡単なことだ。妖気を消して上手く隠れていたのだろう。沢のせせらぎで足音は充分に掻き消せる、風向きを上手く利用したな」
――なかなか頭が切れる。相当な手練れだ。
そう付け添えて、龍志は緩やかに季音から身を離した。
「多分、相手は瞬発的に妖術を使った。だから刀はどこから飛んできたかは分からんが声のした方角から察するに対岸だ」
「対岸……」
季音は戦慄く身体を緩やかに起こし上げて、静謐に包まれた暗闇の向こうを見た。
対岸で何かが動いた――そう思ったのも束の間、ざっと黒い塊が迅速に攻め寄せてきたのだ。
それと同時だった。龍志は空間に何かを描くよう……いや、切るように手をさっと動かす。すると、瞬く間に自分たちを覆うように白銀の糸を這わせたような防壁が現れた。
向こう岸には、タキが刀を構え、鋭い目つきで睨みつける姿があった。
肩口を大胆に露出させ、着物を着崩したその姿は、いつも通りの彼女らしい奔放さだった。だが、今日はどこか違う──その佇まいが、以前よりもひときわ勇ましく、気迫に満ちて見えた。
華奢で細い体躯は、怒りに震える毛髪と尾の毛が逆立っているせいで、まるで一回り大きく膨らんだように感じられる。
「馬鹿キネ! お前、一番関わっちゃいけない相手に関わっちまったな! おれも間近で人に接触しちまった。もう山に帰れない、永久追放だ!」
――どうしてくれる!
タキは低くがなった。
「ごめんなさい。だけど、どうして……」
覆い被さる龍志に訊かれて季音は頷いた。
無傷だ。確かに吃驚したが、咄嗟に彼が庇ってくれたお陰で刃に当たらず済んだ。寧ろ、よく分かったものだと彼の俊敏さには驚いてしまう。
しかし、季音にも妖気を感じ取る力はある。それなのに、タキの声を聞くまでその気配をまったく感じなかった。それどころか、沢に降りてきた時点で、妖の気配は一切なくて……。
「おタキちゃんの妖気も匂いも感じなかったわ……どうして」
「多分天候だ。晴れたとは言え湿気が多いせいもあるだろうな。水辺ということもあるだろうな。簡単なことだ。妖気を消して上手く隠れていたのだろう。沢のせせらぎで足音は充分に掻き消せる、風向きを上手く利用したな」
――なかなか頭が切れる。相当な手練れだ。
そう付け添えて、龍志は緩やかに季音から身を離した。
「多分、相手は瞬発的に妖術を使った。だから刀はどこから飛んできたかは分からんが声のした方角から察するに対岸だ」
「対岸……」
季音は戦慄く身体を緩やかに起こし上げて、静謐に包まれた暗闇の向こうを見た。
対岸で何かが動いた――そう思ったのも束の間、ざっと黒い塊が迅速に攻め寄せてきたのだ。
それと同時だった。龍志は空間に何かを描くよう……いや、切るように手をさっと動かす。すると、瞬く間に自分たちを覆うように白銀の糸を這わせたような防壁が現れた。
向こう岸には、タキが刀を構え、鋭い目つきで睨みつける姿があった。
肩口を大胆に露出させ、着物を着崩したその姿は、いつも通りの彼女らしい奔放さだった。だが、今日はどこか違う──その佇まいが、以前よりもひときわ勇ましく、気迫に満ちて見えた。
華奢で細い体躯は、怒りに震える毛髪と尾の毛が逆立っているせいで、まるで一回り大きく膨らんだように感じられる。
「馬鹿キネ! お前、一番関わっちゃいけない相手に関わっちまったな! おれも間近で人に接触しちまった。もう山に帰れない、永久追放だ!」
――どうしてくれる!
タキは低くがなった。
「ごめんなさい。だけど、どうして……」