愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
第17話 肉欲獣と狸の怒り
「ねぇ、私、元はただの人間だったのでしょう。妖になったにもかかわらず妖気が無いってそれで納得していたの。どうして私、妖術が使えたの。あれは貴女の力よね。どうして――」
――どうして表に出てきたのか。どうして自分に憑いたのか。と、全てを告げる前に彼女は『愚図』と季音を冷ややかに罵倒した。
「確かに愚図よ。だけど、当然の疑問だわ」
気圧されそうになりながら負けじと言い返せば彼女は一つ鼻を鳴らした。藤色の瞳が、まるで試すように季音をじっと見つめる。その視線は、どこか懐かしいのに鋭く、季音の胸をざわつかせる。
「随分言うようになったじゃないか藤香。忘れたなら忘れたままの方が良いに決まっている」
ぴしゃりと突っ撥ねて、彼女は季音を睨む。
妖艶な吊り目が、薄暗い四阿の影の中で一層輝いて見えた。
その名を知っているということは、間違いなく彼女は全てを知っているのだろう。
ならば食い下がる訳にはいかない。たかが自分に憑いた守護霊、結局は自分相手だ。そう言い聞かせて、季音は怯えながらも彼女を睨み続けた。大した威圧もなく恐ろしくもない睨みはそれでも届いたのだろう。
観念したかのように彼女は大きなため息を吐き出した。煙管から漂う薄い煙が、藤の花房の隙間から差し込む陽光に揺れる。
「……ただの暇つぶしの気まぐれじゃ。妾との関わりを知りたいようじゃが〝以前、お前に恩を着せられた狐の魂が黄泉に旅立つあんたに同化して背後霊にでもなった〟とでも思え。雑に言おうが馬鹿と丁寧に言おうが、そうとしか形容できぬまい」
ようやく季音は納得した。
それならば人が狐の妖に輪廻したことも不自然ではないだろうと。心の奥で、藤香という名が静かに響く。まるで遠い記憶の欠片が、桜の花弁のように胸に舞い落ちるようだった。
「それで私、貴女に何の恩恵を与えたというの? どうして私を呼んだの」
「……知る必要もないさ。ただあんたと話がしてみたかっただけさ」
短く告げた彼女はつんとそっぽを向く。長い雪白の髪が、風に揺れてふわふわと踊る。その仕草は、どこか子どもっぽくて、季音の緊張を少しだけ解きほぐした。
それから間髪入れずに『門まで送るからもう帰れ』と彼女は季音の袖をひっ掴んだ。
――どうして表に出てきたのか。どうして自分に憑いたのか。と、全てを告げる前に彼女は『愚図』と季音を冷ややかに罵倒した。
「確かに愚図よ。だけど、当然の疑問だわ」
気圧されそうになりながら負けじと言い返せば彼女は一つ鼻を鳴らした。藤色の瞳が、まるで試すように季音をじっと見つめる。その視線は、どこか懐かしいのに鋭く、季音の胸をざわつかせる。
「随分言うようになったじゃないか藤香。忘れたなら忘れたままの方が良いに決まっている」
ぴしゃりと突っ撥ねて、彼女は季音を睨む。
妖艶な吊り目が、薄暗い四阿の影の中で一層輝いて見えた。
その名を知っているということは、間違いなく彼女は全てを知っているのだろう。
ならば食い下がる訳にはいかない。たかが自分に憑いた守護霊、結局は自分相手だ。そう言い聞かせて、季音は怯えながらも彼女を睨み続けた。大した威圧もなく恐ろしくもない睨みはそれでも届いたのだろう。
観念したかのように彼女は大きなため息を吐き出した。煙管から漂う薄い煙が、藤の花房の隙間から差し込む陽光に揺れる。
「……ただの暇つぶしの気まぐれじゃ。妾との関わりを知りたいようじゃが〝以前、お前に恩を着せられた狐の魂が黄泉に旅立つあんたに同化して背後霊にでもなった〟とでも思え。雑に言おうが馬鹿と丁寧に言おうが、そうとしか形容できぬまい」
ようやく季音は納得した。
それならば人が狐の妖に輪廻したことも不自然ではないだろうと。心の奥で、藤香という名が静かに響く。まるで遠い記憶の欠片が、桜の花弁のように胸に舞い落ちるようだった。
「それで私、貴女に何の恩恵を与えたというの? どうして私を呼んだの」
「……知る必要もないさ。ただあんたと話がしてみたかっただけさ」
短く告げた彼女はつんとそっぽを向く。長い雪白の髪が、風に揺れてふわふわと踊る。その仕草は、どこか子どもっぽくて、季音の緊張を少しだけ解きほぐした。
それから間髪入れずに『門まで送るからもう帰れ』と彼女は季音の袖をひっ掴んだ。