愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
「狸は臆病」だとタキは何度も言っていたが、キネから見ると、彼女にそんな雰囲気は微塵もなかった。
 むしろ勇敢と言っても過言ではない。巨大な体躯の酔っ払った大鬼を邪険に扱い、ちょっかいをかけてきた烏天狗(からすてんぐ)に喧嘩を売る。そんな粗暴な姿を何度も見てきた。

 タキはキネより小柄で華奢だ。だが、所作も風貌も勇ましく中性的だった。
 胸をさらしで覆い、着物を着崩して右肩を露出した装いは、凜とした雰囲気を漂わせる。長い腕貫(うでぬき)から覗く二の腕は白くか細い。狸の毛色らしい枯色(かれいろ)の髪は、毛先が漆黒に変わる神秘的な色合いで、高く一本に結い上げられていて──その姿はとても気高く見えた。

 だからこそ、彼女は大きく見えた。
「そんな狸らしからぬことを由来して〝タヌキ〟の間を抜いて〝タキ〟という名」と彼女は言う。
 ならば、狐らしくない間抜け──お揃いだと、名無しのキネに「キネ」の名を与えたのもタキだった。

 不名誉な名だが、大好きな親友がつけてくれた名だ。〝お揃い〟と思えば、これほど嬉しいことはない。いつも、つかず離れずそばにいてくれた、かけがえのない存在だった。
 だからこそ、離れ離れになった今、キネはとてつもなく心細い。

「おタキちゃん……私、とても心細いわ」

 キネは小さくため息をつき、手を止めて庭に出た龍志を見た。

 龍志との出会いは、キネの愚図さが災いした。
 満月の日、タキが群れに戻った不在時、ぼんやりと藤の簪を眺めていたら、(からす)に襲われ簪を盗まれた。

 輪廻したときから持っていた簪。過去を繋ぐ唯一の手がかりだ。それをたった一羽の烏に盗まれたのだ。

 悪戯烏を追い、木に登り、巣から簪を奪還したまではよかった……。
 だが、キネは無我夢中で人里近い麓まで降りてきたことに気づかなかった。しかも、烏の巣は崖に生える老木の上だった。

 簪を取り返したが、老木が折れ、キネは真っ逆さまに崖の下へ。そこを夕刻、通りかかった龍志に助けられたのだ。
 転落の経緯を()かれたが、とても言えたものではない。
 そう、あまりに間抜けすぎて……。
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