愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ～巡り捲りし戀華の暦～

第3話 野蛮な人間

　キネの認識では、人は恐ろしく野蛮な存在だった。
　戦いを好み、土地を奪うために何度も戦を繰り返し、残虐にも首を飛ばすとタキから聞かされていたのだ。
　
　だから、生活もろくでもなく、妖より下品だと思い込んでいたものだが……。
　実際、人の生活は驚くほど快適で、その思い込みは大きな勘違いだったとキネは気づいた。

　特にキネのお気に入りは湯浴みだ。夕食後の習慣となりつつある。
「全て脱いで湯に浸かれ。釜で茹でられている菜っ葉の気分が分かる」と、初めて入浴したのは一週間ほど前だった。

　煮立った鍋に身を沈める──想像しただけで恐ろしく、「人はなんて恐ろしいことをする！」と震えたが、一度入るとその心地良さに虜になった。それ以来、毎日湯に浸かるようになった。
　龍志は外で火の番をし、絶妙な湯加減を保ってくれる。毛繕いだけでは得られない、艶やかな毛並みにキネは密かに喜んだ。美味しい食事、温かい布団──タキのねぐらで身を寄せ合った極寒の冬が嘘のようだった。

　だが、山に帰れない不安は拭えなかった。龍志が自分を帰す気があるのか分からない。
　日々は無情にも過ぎていく。そもそも、彼は人で、自分は妖だ。〝人に決して干渉しない〟という妖の掟を大きく破っている。夜が更けるほど、不安と焦燥が膨らんだ。

　──タキも一か月姿を見ず、きっと心配している。
　そう思うと、今すぐタキに会いたくなった。ふかふかの布団の中で寝返りを打ち、キネは逃走を決意した。

　もうそれしかない。何も言わずに出ていくのは気が引けるが、長居はできない。
　そう考え、キネは浴衣を脱ぎ、箪笥(たんす)から自分の着物を静かに取り出した。

　袖のない襦袢(じゅばん)に、紺から藤色に移る短い着物を重ねる。肩口を大きく露出した装いに、脹(ふく)ら脛(はぎ)までの下衣を巻き、腰で紐を結ぶ。胸下に帯を巻き、帯飾りを結び、同じ色彩の付け袖に腕を通した。最後に藤の簪を懐にしまい、身支度を終えたキネは一つ息をついた。

　──その瞬間、今更大きな問題を思い出し、堪らず額に手を当てた。