愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
(おタキちゃん、どうしたのかしら……)

 その声の正体を悟ったと同時、季音はぱちりと瞼を持ち上げる。だが、瞳を開いた途端に見た光景に季音は絶句してしまった。

 横たわった自分の上で取っ組み合うタキと龍志の姿があったのだから……。
 タキの狸耳が怒りでぴんと立ち、龍志の鋭い目が苛立ちに細められている。部屋の空気が、まるで二人の剣幕で熱を帯びていた。

「おいおいおい! 落ち着け!」

 朧はタキの腰を抱き押さえつけていた。鬼らしい筋張った腕が、タキの動きを必死に抑え込んでいる。

「主殿! 粗暴な妖の言葉如き相手にしてはなりません!」

 片や、龍志の腰には蘢がしがみついていた。気高い彼の顔が、珍しく焦りに歪んでいる。

「離せ蘢。この狸の小娘、どこまで人の話を聞かない。こいつ今度こそは泣かせてやる!」
「ふざけるな肉欲獣!」

 随分と剣幕だった。いったい何の騒ぎだ。季音は目を点にして寝たまま傍観していると、部屋の隅に吊された古い掛け軸が揺れ、障子の影が騒がしく揺らめく。
 そのときだった。

「季音殿、目……開けてますよ……」
 と、蘢がぽつりと言った。

 龍志とタキは取っ組み合いをぴたりと止めた。タキの荒々しい息遣いが部屋に響き、龍志の肩が小さく上下する。

「何を……しているの?」

 思わず聞いてしまうと、季音の横たわる布団の端に皆して一斉に大人しく座った。まるで子どもたちが叱られたように、畳の上で縮こまる姿がどこか滑稽だった。

「狸の嬢ちゃん案外起きるのが早くてな。あんたが心配ですぐにここに来たんだよ」

 朧は季音に視線を向けずにそう言った。その隣でタキは肯定に幾度も頷く。彼女の尾が、苛立ちと気まずさでぴくぴくと揺れている。

「そしたら、主殿が沢の水で濡れた貴女の装束を脱がして着替えさせてる最中でですね……」

 朧同様に、季音の方には目もくれずに蘢が切り出した。気高い声に、微かな困惑が混じる。

 それと同時に、大抵の流れは理解できた。
 つまりタキはそれを見て、誤解をして怒ったのだと。
 
「水に濡れてるのに、そのまま布団に寝かす馬鹿がいるか。この狸は何も話を聞きもしねぇ」

 龍志は唇をひらいて正面に胡座をかいて座るタキを睨み据える。鋭い視線に、どこか嗜虐的な余裕が滲んでいる気がするが……。

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