愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 きっと、中途半端な状態で寝かしたのだろう。だから朧も蘢は見向きもしなかったのだと季音は改めて悟ったと同時、布団の中の自分が浴衣は愚か襦袢(じゅばん)さえも纏っていないことに気づいて顔まで布団を深々とかぶった。
 素肌で触れる布団のざらりとした感触が、羞恥を一層煽る。本当に……素っ裸だ。

「龍志様ありがとう。おタキちゃん別に大丈夫よ……龍志様は着替えさせてくれてただけ、だから本当にきっと、多分……大丈夫、大丈夫よ」

 とんでもない羞恥で声は震え上がっていた。言葉を紡ぐたび、喉が熱く締まる。

 まさか起きて早々にこんなことになっているなんて思いもしなかった。
 もはや、さっきの不思議な邂逅も一瞬にしてどこかに吹き飛んでしまうほどである。季音は布団をかぶったまま首をふるふると振った。

「……皆さんあの、部屋から出て」

 着替えたい。
 ただそれだけを告げると、静かに立ち上がる音とその場を去る足音が二つ聞こえてきた。
 畳を踏む音が、障子の向こうで遠ざかる。恐る恐る季音は布団から顔を出す。そこにはいまだに龍志とタキが座っていた。龍志の目は複雑に揺れ、タキの尾は苛立ちにぴくぴくと動く。

「……お二人も」

 おどおどに言うと、タキは大きなため息を吐き出して席を立つ。彼女の荒々しい動きに、畳が小さく軋む。

「龍志様も……私、もう大丈夫ですので、着替えるので部屋から出てください」

 いまだに片隅に残った龍志に問いかけると、彼は非常に複雑な(おもて)を浮かべていた。眉間に刻まれた皺が、季音の心をざわつかせる。

「お前、ちゃんと藤香……ちがう、季音だよな?」

 ぽつりと言われた言葉に季音はただ黙って頷いた。

 使えるはずもない妖術を使ったのだ。彼も何か滞りを感じるのだろう。

 自分の中には狐は確実にいる。だが、あの庭での邂逅は言わないことが約束だ。自分に対して敵意などないとは言え、破ればあの庭に自分を閉じ込めると言ったのだから……。

 少しだけあの邂逅を言いたい気持ちは芽吹いた。藤の香り、雪白の髪、物憂げな横顔――その全てが、季音の心に深く刻まれている。
 だが、彼女のことは言ってはいけない約束だ。季音は何も言わずに龍志にそっと微笑んだ。

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