愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~

第18話 社の喧噪、気高きじゃじゃ馬

 ――強き者に従う。まして負かされたとなれば絶対。それが古よりある妖の掟だった。

 今の時代、妖が人と争うことはほとんどない。だが、妖同士の間では、時折、ささいな小競り合いが起きることがある。だからこそ、こうした掟が必要不可欠だった。

「は? もういっぺん言ってみろ」

 社の石段に腰掛けて、あからさまに不機嫌そうな声を出したタキに龍志は一つ鼻を鳴らす。

「お前、敗者なんだし俺の式にでもなるか?」

 二度目の台詞を言って、彼は嗜虐の色を存分に含んだ瞳で彼女を射貫く。そのやりとりを季音は彼の式神二匹と少し離れた場所で眺めていた。

 事の発端は、言うまでもなく、梅雨の晴れ間のあの夜だ。

 あの戦いでタキは龍志に敗れた。人間と接触してしまったこともあり、タキは山へは戻らず、今は朧とともにこの社に住んでいる。

 あれから、早くもひと月が経過しただろう。

 すっかり梅雨は明けて文月の初旬に――空は真っ青に澄み渡り本格的な夏が始まった。

 タキの怪我は軽傷で済んだらしい。頬にいまだ朧の付けた爪痕が生々しく残っているだけで、それ以外と言えば特に目立った外傷は見えない。

 あの時、タキは妖力を全て使い果たしていた。だが、彼女の回復はやはり早く、一週間も経たないうちに全快していた。

 そして、回復したその日に、タキが龍志に持ちかけたのは、案の定、ふたたびの戦いだった。

 負けを認めたくないのだろう。季音は詳しい話をタキから聞いていないが、彼女の気性や妖の掟を考えれば、そうとしか思えなかった。

 龍志の性格からすれば、「面倒だ」と一蹴するだろうと予想していたのに、意外にも彼はタキの挑戦を快く受け入れた。

 それも、式神を伴わず、単身で。

 そうして、梅雨が明けた文月(ふみづき)の始まりとともに、龍志とタキは毎日のように境内で決闘を繰り広げていたのだ。

『五回勝負。これで一度でも俺が敗れれば、俺の負けでいい。あの時の啖呵(たんか)の通り、俺を八つ裂きにしようが構わない』と、彼はそんな強気な発言に出たのだ。

 それから五日目……五回勝負は今さっき終了した。

「悔しいが負けは認める。だけど、どうしておれがお前に使役されなきゃいけないんだ」

 タキはぶつくさと文句を垂れながら青々とした瞳をじっとりと細める。

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