愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~

第19話 文月の宴と幸せの返事

「さて、居候も増えたことを祝して……」

 (さかずき)を片手に朧は乾杯の音頭を取る。神殿を背後にした上座にはタキ。その端には季音と龍志が対面し、季音の隣には蘢。龍志の隣には朧と円陣となって座した。

「で、どうして社の中でやるんですか……」

 蘢はぶつぶつと文句を垂れながら朧を睨む。対する朧は『細けぇことはいいだろ』なんてしれっとした口調で突っ撥ねた。

 宴会の話は意外にもあっさりと通ってしまった。タキは『別に構わない』といった淡々とした調子で、龍志も『たまには良いな』と、双方あっさりと快諾してくれたのだった。

 夕飯を兼ねた宴会だ。テーブルの中心には鍋いっぱいの煮物、川魚の焼き物、大きな握り飯が五つ。さらに菜っ葉のおひたしや土瓶蒸しなど、いつもより豪勢な料理が所狭しと並んでいた。

 これらは夕暮れ前から龍志が(こしら)えたものだ。季音も少し手伝ったものの、人の料理の作り方はまだよく分からない。ただ、菜っ葉を湯がくような簡単な作業をしただけだった。

 いつも季音が運んでくる食べ物よりずっと豪華だったからだろう。タキは少し驚いた様子で、魚の焼き物をじっと見つめていた。

「いつも思うが、これって誰が作ってるんだ……おれは魚を食ったことがないが、旨いのか?」
「食事はいつも龍志様が作ってるの。今日は私も少し手伝ったわ。焼いたお魚はとても美味しいわよ?」

 季音が事実を告げると、タキは露草(つゆくさ)色の瞳をじっとりと細め、どこか嫌そうに唇をへの字に曲げた。まるで怪しいものでも見るようなその表情に、場の空気が一瞬だけひやりとした。

「毒なんぞ入ってない。魚はお前らが食う蜥蜴や虫よりは幾分か旨いとは思う」

 ――出されたものくらい残さず食え。龍志はそう言い放ち、タキを軽く突っ撥ねた。その声には、いつものように少し揶揄うような響きが混じっていた。

 タキはまだ腑に落ちない様子だったが、腹が減っているのだろう。彼女は箸を握りしめ、勢いよく魚にどすりと突き刺すと――そのまま頭から豪快に食らいつく。そして次の瞬間、彼女の目が驚きで見開かれた。

 そこからは無言だった。きっと、美味しいに違いない。タキはあっという間に魚を平らげ、骨をぽいっと吐き出した。

「美味しいでしょ?」

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