愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 季音が思わず尋ねると、タキは頬をほんのり赤く染め、黙ってこくりと頷いた。その控えめな仕草が、いつも強気な彼女には珍しく、どこか愛らしかった。

 それから、タキは黙々と色んな料理に箸をぐさぐさと刺して食べていった。

 自分もこの家に留まり始めたころ、龍志の料理があまりにも美味しいと感動したことは今も記憶に新しい。

 箸の使い方が分かっていない様子のタキを見ていて、季音はふと気づく。思えば自分は初めから箸の使い方を分かっていた。そこを考えると、本当に元が人だったことは納得してしまう。そんなことを考えつつ食事をとっていたさなかだった。

 朧が蘢と季音の合間を割って入ってきたのだ。

「犬っころと狐の嬢ちゃんに狸の嬢ちゃんも酒飲むか?」
「お酒?」

 小首を傾げて尋ねると、朧は嬉しそうに頷く。

 鬼の好む飲み物――酒。その存在はよく知っているが、思えば飲んだことがなかった。いったいどんな味がするのかも分からなくて、少しだけ興味が惹かれてしまう。

 すると龍志は『季音は舐める程度の微量にしてやれ。馬鹿みたいに弱い』と間を割った。

 飲んだこともないのに何故か知っているのだろう。そう思えてしまうが、ふと季音の頭に浮かんだのは、心配気に顔を覗き込む龍志。いや違う……彼の前世、詠龍の姿だった。

『……いくら酒が万病に効くと言われているからって』

 龍志と全く同じ声で呆れた口調で彼は言う。

 ――ああ、そういうことか。と、分かって、季音はすぐに現に戻ってきた。

 人だと言われてあれからというもの、こうして些細な記憶が蘇るのだ。いまだに、夫婦だったことは現実味がないが、やはり人であったことは納得してしまう。

 ふと、龍志を一瞥すると、すぐに彼と視線が交わる。それが妙に気恥ずかしくなって、季音はすぐに彼から視線を反らした。

「犬っころは神獣だし多分平気だろうが、あんたは酒は大丈夫か?」

 朧はタキに尋ねる。すると、タキは朧に向かって雄々しい所作でずずっと(さかずき)を突き出した。

「飲める。普通に好きだ。交友があった山の鬼も宴会が好きで付き合ったことは何度もあるさ」
「何だよ、話が分かるな!」

 タキに酒を注ぎながら、朧は穏やかに笑んだ。

 酒が好き。その一言だけで、何だかタキがとても大人に思ってしまった。
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