愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
完治してからというもの、掃除のために家屋の中を自由に動き回っているので、間取りは充分に把握していた。
それなのに、キネは自分の部屋に大きな問題があることを改めて思い出した。
キネに宛てられた部屋は四畳ほどのこぢんまりとした空間だ。
本来は簡易な座敷か客間だが、龍志からすれば物置だろう。床の間に古ぼけた掛け軸が飾られ、隅には何が入っているか分からない葛籠が幾つか置かれている。
そう、奥部屋なのだ。
縁側に丸窓があるが、格子ががっちり組まれているため直接外に出られない。外へ出るには、麻の葉組子の煤けた欄間の下の襖をくぐり、隣の部屋を経由するしかない。
さらに問題が一つ──その隣の部屋は、龍志の寝床兼居間だった。
床に入ったのは戌の刻頃だろうか。
今の時刻は分からないが、亥の刻を過ぎ、子の刻に差し掛かる頃合いだと予測できた。
龍志は間違いなく眠っている。欄間の隙間から裸火の明かりが漏れていないことから、キネはそれを悟り、緊張で息を飲んだ。
着替えも物音を立てず静かにできた。今のところドジも踏んでいない。あとは襖をそっと開き、彼に気づかれず逃走するだけだ。震える手でキネは襖を静かに開いた。
元が獣だからだろう、闇の中でも目は利く。息を殺して視線を落とすと、布団がこんもりと膨らんでいることから、龍志が眠っていると分かった。それだけで少し安堵した。
あとは彼の隣を静かに通り過ぎるだけ……だが、この家屋はボロ屋だ。玄関や縁側に続く廊下は床鳴りが激しく、普通に歩けば大きな音が響く。
そこで思い出したのは掃除のことだった。
四つん這いなら音が少ない。キネはすぐに四つん這いになり、出口へ向かった。
微かな寝息が聞こえてくる。それだけで罪悪感が沸き立つが、「ここにいつまでもいられない」と自分に言い聞かせ、キネは前を向いた。
あと二歩で部屋の出口だ。半開きの襖をくぐれば簡単だ。生唾を飲み込んだ──その瞬間。
尻尾を強く掴まれる感触。背筋を這う甘い痺れに、キネは悲鳴を押し殺した。
「……狐とは言え、女子が夜半に男の部屋に来るのは褒められたことじゃないと思うんだが」
低く平らな声だが、どこかふわふわと揶揄うような口ぶりだった。
──見つかった。キネは一瞬で悟ったが、尻尾の付け根を握られたままでは力が入らず、抵抗もできない。
ゾワゾワと痺れが暴れ回り、視界がクラクラと霞む。
キネは唇を噛み、息を押し殺した。
それなのに、キネは自分の部屋に大きな問題があることを改めて思い出した。
キネに宛てられた部屋は四畳ほどのこぢんまりとした空間だ。
本来は簡易な座敷か客間だが、龍志からすれば物置だろう。床の間に古ぼけた掛け軸が飾られ、隅には何が入っているか分からない葛籠が幾つか置かれている。
そう、奥部屋なのだ。
縁側に丸窓があるが、格子ががっちり組まれているため直接外に出られない。外へ出るには、麻の葉組子の煤けた欄間の下の襖をくぐり、隣の部屋を経由するしかない。
さらに問題が一つ──その隣の部屋は、龍志の寝床兼居間だった。
床に入ったのは戌の刻頃だろうか。
今の時刻は分からないが、亥の刻を過ぎ、子の刻に差し掛かる頃合いだと予測できた。
龍志は間違いなく眠っている。欄間の隙間から裸火の明かりが漏れていないことから、キネはそれを悟り、緊張で息を飲んだ。
着替えも物音を立てず静かにできた。今のところドジも踏んでいない。あとは襖をそっと開き、彼に気づかれず逃走するだけだ。震える手でキネは襖を静かに開いた。
元が獣だからだろう、闇の中でも目は利く。息を殺して視線を落とすと、布団がこんもりと膨らんでいることから、龍志が眠っていると分かった。それだけで少し安堵した。
あとは彼の隣を静かに通り過ぎるだけ……だが、この家屋はボロ屋だ。玄関や縁側に続く廊下は床鳴りが激しく、普通に歩けば大きな音が響く。
そこで思い出したのは掃除のことだった。
四つん這いなら音が少ない。キネはすぐに四つん這いになり、出口へ向かった。
微かな寝息が聞こえてくる。それだけで罪悪感が沸き立つが、「ここにいつまでもいられない」と自分に言い聞かせ、キネは前を向いた。
あと二歩で部屋の出口だ。半開きの襖をくぐれば簡単だ。生唾を飲み込んだ──その瞬間。
尻尾を強く掴まれる感触。背筋を這う甘い痺れに、キネは悲鳴を押し殺した。
「……狐とは言え、女子が夜半に男の部屋に来るのは褒められたことじゃないと思うんだが」
低く平らな声だが、どこかふわふわと揶揄うような口ぶりだった。
──見つかった。キネは一瞬で悟ったが、尻尾の付け根を握られたままでは力が入らず、抵抗もできない。
ゾワゾワと痺れが暴れ回り、視界がクラクラと霞む。
キネは唇を噛み、息を押し殺した。