愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
第21話 龍の子
宴会の明朝。境内は朝靄が煙り、夏にも関わらず漂う空気はひんやりとしていた。
昨晩の賑やかさは嘘のようだった。
珍しく朧は鼾をかいておらず、彼は酔いつぶれた蘢の横で酒樽を抱えて死んだように眠っていた。
その対角線上――奥の神殿を背もたれにしてタキは座したまま眠っていた。刀を大事そうに抱えて眠るタキの前まで龍志が近づくと、彼女はぱちりと露草によく似た青い瞳を開く。
「何だよ」
「早朝に悪い。折り入った話がある」
その言葉を告げると、龍志は神殿を横切り、裏手へと向かった。
背後からかすかな衣擦れの音が響く。タキがすぐさまついてきたのだろう。静かな足音を確認し、龍志は裏戸をそっと開いた。
案の定、タキはすぐに姿を現した。彼女が表に出ると、龍志は静かに戸を閉める。
「おい、匂いから察するが……ろくでもねぇ報告なら今、叩っ斬るぞ」
その言葉に龍志は目を丸くする。さすがは獣の妖――分かるのか。
「鋭いな、だがそうじゃない」
一応応えると、彼女はふんと鼻を鳴らした。
「生憎おれは、ただの妖だ。一晩の過ちを懺悔したいなら入り口で酔い潰れて伸びてる高飛車な神獣にでもしてこい。何があろうがおれには関係ない」
タキは肩をすくめ、朝靄に霞む神殿の裏戸の縁にもたれる。青の瞳が、早朝の冷たい光を映して鋭く光った。
「お前のことなら問答無用で斬りかかって来そうだと思ったから、予想外だ……」
「おキネがお前に惚れ込んでるのは見ていりゃ分かるからな、自然な流れで成り行きだろ? いちいち文句を言うほど、おれの器が小さくない。おれはあいつの親でもつがいでもない。そもそも同種でもない」
……ただのダチだ。と付け添えると、彼女はふん。と鼻を鳴らす。
「なるほどな……」
「……それで本題は何だ」
――下らぬことなら戻って寝ると、青い瞳を細めて彼女は唇を曲げた。
「……お前は二百年生きてると言ったよな?」
静かに龍志が訊けば、『それがどうした』とでも言いたげに、タキは眉をひそめる。
「それだけ生きてる上、狸という種族を考慮すれば……季音が何かはさすがに知ってるだろ」
それを告げた途端、タキは青々とした目を見開く。
明らかに知ってるだろう――それを確信して龍志はさらに追求した。
昨晩の賑やかさは嘘のようだった。
珍しく朧は鼾をかいておらず、彼は酔いつぶれた蘢の横で酒樽を抱えて死んだように眠っていた。
その対角線上――奥の神殿を背もたれにしてタキは座したまま眠っていた。刀を大事そうに抱えて眠るタキの前まで龍志が近づくと、彼女はぱちりと露草によく似た青い瞳を開く。
「何だよ」
「早朝に悪い。折り入った話がある」
その言葉を告げると、龍志は神殿を横切り、裏手へと向かった。
背後からかすかな衣擦れの音が響く。タキがすぐさまついてきたのだろう。静かな足音を確認し、龍志は裏戸をそっと開いた。
案の定、タキはすぐに姿を現した。彼女が表に出ると、龍志は静かに戸を閉める。
「おい、匂いから察するが……ろくでもねぇ報告なら今、叩っ斬るぞ」
その言葉に龍志は目を丸くする。さすがは獣の妖――分かるのか。
「鋭いな、だがそうじゃない」
一応応えると、彼女はふんと鼻を鳴らした。
「生憎おれは、ただの妖だ。一晩の過ちを懺悔したいなら入り口で酔い潰れて伸びてる高飛車な神獣にでもしてこい。何があろうがおれには関係ない」
タキは肩をすくめ、朝靄に霞む神殿の裏戸の縁にもたれる。青の瞳が、早朝の冷たい光を映して鋭く光った。
「お前のことなら問答無用で斬りかかって来そうだと思ったから、予想外だ……」
「おキネがお前に惚れ込んでるのは見ていりゃ分かるからな、自然な流れで成り行きだろ? いちいち文句を言うほど、おれの器が小さくない。おれはあいつの親でもつがいでもない。そもそも同種でもない」
……ただのダチだ。と付け添えると、彼女はふん。と鼻を鳴らす。
「なるほどな……」
「……それで本題は何だ」
――下らぬことなら戻って寝ると、青い瞳を細めて彼女は唇を曲げた。
「……お前は二百年生きてると言ったよな?」
静かに龍志が訊けば、『それがどうした』とでも言いたげに、タキは眉をひそめる。
「それだけ生きてる上、狸という種族を考慮すれば……季音が何かはさすがに知ってるだろ」
それを告げた途端、タキは青々とした目を見開く。
明らかに知ってるだろう――それを確信して龍志はさらに追求した。