愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
「どうして、〝あれ〟に近づいた。お前は賢いから分かるはずだ――手に負えないだろうことを分かっていて、どうして俺からあれを取り返そうとした。お前は季音を友だと言ったが、あれを本当に友だと思っているのか?」

 するとタキは龍志から視線を反らし、澱でも吐き出すよう、深く息をつく。

「そもそもお前が何者なんだよ。神に通じる力を持つ人とは分かるが……」

「ただの神職者で陰陽師だ。数百年前も陰陽師だった。お前たち獣の妖と同じで、輪廻前の記憶を継いでいるだけだ。数百年前に荒神を封じた奴と言えば分かるか? お前ら狸の一族にも沢に設けた(ほこら)を見守れと散々に脅したからな」

 ――そこまで言えば分かるだろ。と、龍志が告げると、タキは眉間に深い皺を寄せた。

「いまだに新しい伝承だ。だから分かるさ。そのお陰で意味不明な掟が課されてこっちは、散々な使命を背負わされてるからな」

 反吐でも吐き出すようにタキは言った。

 ――過去の自分、詠龍は荒神を封じた後にこの(ほこら)を何としてでも守れと狸の妖たちに頼んだことがあった。従わなければ、お前たち一族を末代まで呪い続けるくらいのことは言っただろう。

 だが、さすがにその後の狸の内部事情や掟のことなど分かりもしない。
 何せ詠龍は荒神と藤香二つの魂を封じたことにより、呪詛返しの負荷に肉体は耐えることができず、その後二年足らずで黄泉へと旅立ったのだから……。

 龍志が神妙に眉根を寄せていれば、タキは首を掻きながら一つ舌打ちを入れる。

「封印が解けた時、荒神を鎮めるために魂を捧げる贄を選ぶことになった。簡単に言えば、〝せいぜい満足するまで嬲り殺される役目〟だ。その贄は、新月の夜に輪廻した〝獰猛〟な血筋を持つ狸から選ばれる。そして、その狸を〝狸として扱わず龍の子〟として扱う――つまり、狸でありながら狸でない存在として、群れから疎外される。それがおれだ」

「いかにも温和で臆病な狸がやりそうなことだな」
  ため息交じりに龍志が言うと、タキは「だろう?」と鼻で笑った。

「そいで、今のあいつは人の方だろう? あんな妖気の欠片もない愚図な荒神がいるか。おれは様子を見ようと思った。そもそもあいつを殺そうが、中に潜むのは荒神だ。それで終わるなんて思わないからな、どうすることもできないから一緒にいただけだ」
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