愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~

第23話 虫の知らせ

 葉月の始まり。熱も冷えぬ夜に、龍志は訃報(ふほう)を感じ取った。

 身近な血縁者が死ぬと、離れていようが直感的に分かってしまう。ましてや、怨霊や物の怪、妖が見えてしまうのだから、それは当たり前のようにやってきた。

 夜半、丑三つ時。背筋が強ばり、薄ら目を開けると、枕元に立つ初老の男がいた。

 眠る季音を起こさぬよう、龍志は彼女の頭の下に敷いた手をそっと抜き、白い着物を着て立つ男に向き合った。

 だが、その男の顔を(しか)と見た瞬間、彼は絶句した。

(親父……?)

 こういった経験は何度かあったが、幾度経験しようと血縁者がこうして立っていると驚いてしまうものだった。

 父はうつろな瞳でじっと龍志を見た後、季音に視線を向けた。

 妖としてのありのままの姿に見えているのだろうか。それともただの狐か、人の娘――藤香に見えるのかは一切不明だが、父は僅かに微笑み、再び龍志に向き合った。

 死者は余程強い怨念でもない限り口をきかない。だから怨霊ではないのだろう……。父は、龍志と一切言葉を交わさず、すっと深い夜半の闇に溶けるように消えた。

 怨霊にでもなって罵倒された方が良かった。不謹慎にもそんな風に思えてしまった。

 何せ自分は、何も言わずに松川の地を離れたのだ。その上、生家にいたころといえば、非行を繰り返し、素行の悪い放蕩息子だった。
 怨霊にでもなってくれれば、きっとまともに話し合うことができたかもしれない――。

 やりきれない後悔に一つ舌打ちし、龍志は再び床に潜った。

 ***

「少しばかり帰省しようと思う」

 翌朝、龍志は朝食のさなか、季音に切り出した。

「突然どうなさったのですか?」

 小首を傾げて季音が問う。龍志は煮豆を箸で摘まみながら、彼女に視線を向けた。

「親父が昨晩来て、お前を見て嬉しそうに笑ってたんだよ」

 言っている意味がよく分かっていないのだろう。季音は眉根を寄せ、菜っ葉のおひたしを摘まんで口に運ぼうとしていた。

「死んだんだよ。白装束をしっかり着てた」

 ぽつりと事実を告げた途端、季音の箸から菜っ葉がするりと滑り落ちた。

 何とも言えぬ表情だった。驚きか、沈痛か、畏怖か……全てを混ぜたような顔で、彼女は龍志をじっと見つめた。

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