愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
「まぁ、昨日死んだとしたら、明日明後日には土の中だ。着いたとしても神葬祭には間に合わん。急いで歩いて二日はかかるからな。ゆっくり行くからすぐではない」

 平坦な調子で龍志が言うと、季音は箸を置き、まっすぐに彼に向き合った。

「……朝食が済んだら、すぐに支度して山を降りてください。留守の間はお洗濯もお掃除も炊事も私がどうにかしますから、どうか早く行ってください」

 その口調は、いつもの柔らかく気の抜けたものではなく、凜然としたものだった。あまりの変化に気圧され、龍志は目を丸くした。
「別に急がずとも――」と、龍志が返しかけた瞬間、彼女はどんと机を叩いた。

「ダメです。お父様なら急いで行ってください!」

 ――なぜ、彼女がそこまで言うのだろうか。そんな風に思えて、龍志が視線を送ると、季音は物憂げに目を伏せた。

「会いに来たということは、会いたかったんだと思います。私、一度死んで輪廻してますけど、生憎何も覚えてないので詳しいことは分かりませんが……会いたいから会いに行くのだと思います。私だったら、きっとそうします」

 その言葉には、先程のような威勢はなかった。

 だが、季音がここまで言うのは珍しいとさえ思えた。

「……何だかちゃんと夫婦になれた気がする」

 思わず口にすると、彼女の頬は紅葉のように赤々と染まった。

「こ、こんな時に……」
「事実だ。あと、こんな時だからだ」

 極めて平坦な調子でそう言って、龍志は茶碗に湯を注ぎ、穀物をたっぷり混ぜ込んだ麦飯を掻っ込んだ。

 ***

 蘢に朧、タキと季音の神獣一匹・妖三匹に見送られ、龍志はその日の午前中に黒羽を発った。

 旅は徒歩だ。運良く、常陸国(ひたちのくに)の方面に向かう行商人の馬車でもあれば早いが、如何せん黒羽は田舎だ。そんな行商人は滅多におらず、龍志はただ黙々と歩んだ。

 最大の難関は山越えだった。

 山賊が潜んでいることは滅多にないが、このご時世、各藩で戦が頻繁に起きている。山には田舎侍が駐在している可能性が充分にあった。

 だが、龍志の格好は作務衣に手ぬぐいを巻いた草履姿――決して羽振りの良いものではない。それどころか、刀や刃物は一切持ち歩かず、髪を剃っていなくとも、この装いなら修行僧にしか見えないだろうと思っていた。

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