愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~

第24話 山桃の夏風、縁結びの札

 兄、虎貴(こうき)は存外早く見つかった。葬祭の片付けは終わったようで、兄は境内に散らばった山桃の実を竹箒で掃いていた。少し潰れたのだろう、甘酸っぱい匂いが夏風に漂っていた。

 龍志の姿に気づくと、兄は片手を上げた。

「おお、帰ってきてたのか」
「久しぶり。大変だったな。急いで駆けつけたが、もう土の中だったようでな」

 やれやれと龍志が言うと、兄は『まぁな』と親しみやすい笑みを向けた。

 二つしか歳が離れていないが、兄は相変わらず華奢だった。背丈も自分より少し低いだろう。
 顔立ちはあまり似ておらず、優しい面差しは母を思わせ、龍志は必然的に先程のやりとりを思い出した。

「母さん、憔悴しきっちゃって参るよ。どうにかしてやれよ」
「吉河の恥さらしの不良神職者に頼むな。(こう)ちゃんがどうにかしてやれ、宮司(ぐうじ)だろ」

 母の呼び方を真似して言うと、兄はぶっと噴き出し、破顔した。

「相変わらずだな。もう俺も二十三、龍も二十一のいい大人なのに」
「母親だしな。それに昔から息子には甘い人だ」

 しれっとした調子で切り返すと、兄は『だな』と頷き、母譲りの柔らかな笑みを浮かべた。

 ***

 それから、兄とは黒羽でのことを話した。

 輪廻前のことも少し話したが、通常の人なら胡散臭いと疑うような話を、兄は疑うことなく聞いてくれた。

 ――お前の人生だ。自分のやりたいように悔いなくやればいい。別に禰宜(ねぎ)がいなくともどうにかなる。
 兄はそう言ってくれた。

「それにしてもお前、妻ができたんだな。婚礼がまだなら、距離はあるがうちで挙げりゃいい。生憎俺は縁談がなくてな、母さんも孫ができたら喜ぶから連れてきてやれ」
「とは言ってもな、色々事情もあるんだよ」

 ……さすがに相手が今は狐だなんて言えなかった。それも、いずれ自ら滅さねばならないなど。龍志は宵闇迫る藤色の空を眺め、季音を思い浮かべた。

 今頃、初めての夕飯作りに奮闘している頃合いだろう。まともにできているか不明だが、大惨事になっていなければいいと願いつつ……明朝に松川を発つことを決心した。

 ***

 龍志が帰省して五日目が経とうとしていた。

 掃除や洗濯は難なくこなせたが、炊事には季音も困っていた。
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