愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
龍志の所作を思い出しやってみるが、火を起こすにも初日は煤まみれ。タキが境内でヤモリでも捕まえると言うが、それだけでは足りないと朧が川魚を捕ってきてくれたお陰で、食料にはさほど困らなかった。
単純な調理だが、炊事に慣れたのは三日目からだった。
それ以降はだいぶ様になり、火起こしも問題なくできるようになった。
だが、夜が来るたびに龍志が早く帰ってこないかと思えてしまった。あれからほぼ毎日同じ床で寝ていたのだ。毎日の手枕。そして、接吻され……蕩ける程に深く交わっては、甘い夜を過ごす。それが、日常になっていた。
隣にいるはずの存在がいない。柔らかな温もりがないことが、妙に寂しく感じられた。
五日目。蜩の鳴く刻だった。
笹垣の向こう、竹林の上でモクモクと立った入道雲が次第に広がり始めていた。すんと鼻を鳴らせば、僅かに雨の匂い。もうじき、大きな雨粒が落ちてくるだろう。
龍志はまだ帰ってこないだろうか――そんな風に思い、季音は灰色の空を見上げた。
ピシャリと稲妻が空を割り、雷が轟き始めたのは、宵の帳が降り始めてからだった。
ボロ屋の屋根にビシャビシャと大粒の雨音が叩きつける音が響き始める。
雷の音も雨の音も嫌いだった。生まれ変わった理由や目を覚ました理由を思い出してしまうから――輪廻した日を否応なく思い出すから嫌だった。
季音は無性に心細くなり、タキのいる社へ行こうと、玄関に立てかけた番傘を手に取った瞬間だった。雨に混じって彼の気配を感じ、狐の耳をピクリと震わせた。
――妖独特の妖気とは違う。人の生命の流れだ。
間違えるはずもない。龍志だ――そう確信し、季音は傘を開いて境内へと走り出した。
少し先が見えないほどの豪雨だった。傘が壊れそうなほど、ビシャビシャと叩きつける雨音が聴覚を支配する。やがて、朱塗りの鳥居が見えたその先に――鉄紺の作務衣姿の龍志が見えた。
季音は彼の名を呼んだ。だが、この雨では声が聞こえないだろう。それでも彼は季音に気づいたようで、手を軽く上げた。
無我夢中だった。こんなに全力で走ったことなどあっただろうか――季音は番傘を投げ捨て、鳥居をくぐり抜け、龍志の腕に飛び込んだ。
「ただいま。濡れて風邪引くぞ」
やっと聞こえた声に、胸が高鳴った。
単純な調理だが、炊事に慣れたのは三日目からだった。
それ以降はだいぶ様になり、火起こしも問題なくできるようになった。
だが、夜が来るたびに龍志が早く帰ってこないかと思えてしまった。あれからほぼ毎日同じ床で寝ていたのだ。毎日の手枕。そして、接吻され……蕩ける程に深く交わっては、甘い夜を過ごす。それが、日常になっていた。
隣にいるはずの存在がいない。柔らかな温もりがないことが、妙に寂しく感じられた。
五日目。蜩の鳴く刻だった。
笹垣の向こう、竹林の上でモクモクと立った入道雲が次第に広がり始めていた。すんと鼻を鳴らせば、僅かに雨の匂い。もうじき、大きな雨粒が落ちてくるだろう。
龍志はまだ帰ってこないだろうか――そんな風に思い、季音は灰色の空を見上げた。
ピシャリと稲妻が空を割り、雷が轟き始めたのは、宵の帳が降り始めてからだった。
ボロ屋の屋根にビシャビシャと大粒の雨音が叩きつける音が響き始める。
雷の音も雨の音も嫌いだった。生まれ変わった理由や目を覚ました理由を思い出してしまうから――輪廻した日を否応なく思い出すから嫌だった。
季音は無性に心細くなり、タキのいる社へ行こうと、玄関に立てかけた番傘を手に取った瞬間だった。雨に混じって彼の気配を感じ、狐の耳をピクリと震わせた。
――妖独特の妖気とは違う。人の生命の流れだ。
間違えるはずもない。龍志だ――そう確信し、季音は傘を開いて境内へと走り出した。
少し先が見えないほどの豪雨だった。傘が壊れそうなほど、ビシャビシャと叩きつける雨音が聴覚を支配する。やがて、朱塗りの鳥居が見えたその先に――鉄紺の作務衣姿の龍志が見えた。
季音は彼の名を呼んだ。だが、この雨では声が聞こえないだろう。それでも彼は季音に気づいたようで、手を軽く上げた。
無我夢中だった。こんなに全力で走ったことなどあっただろうか――季音は番傘を投げ捨て、鳥居をくぐり抜け、龍志の腕に飛び込んだ。
「ただいま。濡れて風邪引くぞ」
やっと聞こえた声に、胸が高鳴った。