甘く苦く君を思う
***
ただいま、と帰ってきた幼い子供。
ハッとして後ろを振り返るが、俺にはその顔は見えなかった。
沙夜は子供を産んだのか?
俺の目はその子供と沙夜に釘付けになってしまった。沙夜がそっと頭を撫でている姿は慈愛に満ち溢れ、彼女の子供であるのは間違いないだろう。
そうか、沙夜には子供が……。
もう自分の出る幕はないのか、と胸の奥に釘が刺さる。俺の知らない間に彼女の日常はこんなに変わってしまったのかと帰る足取りが重い。
慈愛に満ちた表情の影にどこか寂しそうな顔が見えたのがどうしても気になった。
彼女は今幸せではないのだろうか。
ふいに湧き出たこの感情が胸の中から消えない。
雨の中、しばらく立ち止まるとしばらく傘を握る手に力を込めた。
もう一度、もう一度だけ確かめよう。
ホテルに戻ると彼女を探していた3年前の自分を思い出す。
部屋を訪ねても彼女はいなくて、職場も辞めていた。その時の虚しさと後悔が蘇り苦しくなる。どうしてあの時に信じてあげられなかったのかと罪悪感が胸を締め付ける。
もう逃げたくない。
彼女のそばで何が起きていたのか、この3年で何があったのかを知りたい。
俺は決意を固め、雨の降る街を見下ろしながら拳を握った。
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