甘く苦く君を思う
彼の言葉に首を振る。

「昴さんと別れて、ここに引っ越してすぐに妊娠していることに気がついたの。ふたりの子なのにどうしても相談する勇気がなかった。それでも諦めることはできなかったの」

しゃくりあげ、震える声でたどたどしく説明をする私の手をそっと彼の手が優しく撫でる。

「いいんだ。俺が悪い。沙夜ひとりでここまで渚を育ててくれてありがとう」

「ごめんなさい」

ふり絞るように出た声に彼は私の手を離すとぎゅっと抱きしめてくれた。

「もう大丈夫だから。沙夜は何も心配はいらない。俺が全部守るから」

その声にようやく肩の力が抜けるのを感じた。彼は私が泣き止むまでずっと優しく背中をさすってくれていた。懐かしいこの感触に心の底から安堵した。
ようやく涙が収まってきたど同時になんだかこんなところで泣きじゃくってしまったことが恥ずかしくなってしまい、彼の胸に顔を埋めたまま上げられずにいた。それを彼も感じたのか、渚に声をかけてくれる。

「おーい、渚ちゃん。そろそろ帰るぞ」

「はーい」

彼は私にハンカチを手渡すとそっと離れ、渚の砂場セットのかたずけを手伝いに行ってくれた。
渚を抱き上げると私の手を取り歩き出した。
夢にまで見たこのシチュエーションにまた涙が溢れ出そうになるが、ぐっと堪える。
< 87 / 105 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop