初恋の距離~ゼロになる日

第6章 さらなる誤解


 十二月の終わり、街はイルミネーションとクリスマスソングに包まれていた。
 篠宮家の門の外にも白い灯りが絡み、夜になると宝石のように瞬く。

 三か月延期の約束から、ちょうど一か月が過ぎた頃。
 美琴は、午後から母と銀座で買い物をしていた。
 贈答用の紅茶や新年のテーブルクロスを選び、夕方近くになって母と別れた。
「今日はもう少し寄りたい店があるので、先に帰ってください」
 そう言って、母を車に乗せ、自分は歩いて中央通りへ出る。

 冬の空気は冷たく、吐く息が白く広がる。
 通り沿いのカフェの前を通りかかったとき、ガラス越しに見慣れた横顔が目に入った。
 ――悠真。

 黒のスーツに濃紺のコート。背筋を伸ばしてテーブルにつき、向かいに座る女性と話している。
 女性は、淡いクリーム色のワンピースに同色のショール。肩までの髪がやわらかく揺れ、笑顔を浮かべている。

 胸がひやりと冷えた。
 足が止まり、ガラス越しに視線が釘付けになる。
 女性は書類のようなものを取り出し、悠真に差し出した。
 悠真は真剣な顔でそれに目を通し、何か言葉を返す。

 ――仕事……? それとも……。

 わからない。
 ただ、二人きりで向かい合うその姿が、胸に鋭く刺さった。
 あの夜のバルコニーで聞いた言葉が、再び蘇る。
 “美琴といると、なんだか疲れるよな”
 ――そして今は、誰かとこうして穏やかに向き合っている。

 視界が少し揺れる。
 ガラス越しの二人が、別の世界にいるように見えた。
 女性がふと笑い、悠真も口元だけで小さく笑った。
 その表情は、最近の自分には向けられたことがないように思えてしまう。

 足を動かそうとしても、地面に根を張ったように動けなかった。
 やっと背を向けると、冷たい風が頬を刺した。
 吐く息が早くなる。
 ――こんなところを見なければよかった。

 その夜。
 屋敷の部屋で、窓の外に舞う小雪を見つめながら、胸の奥がずっとざわついていた。
 携帯を握っても、連絡をする勇気は出ない。
 理由を聞くこともできず、ただ時が過ぎていく。

 翌日、悠真からメッセージが届いた。
『明日の夕方、迎えに行く』
 短い文面。
 いつもの調子に見えるのに、昨日の光景が頭から離れない。

 ――彼は、何をしていたのだろう。
 会って聞けばいい。
 けれど、それをしてしまえば、自分の中の何かが壊れそうで怖かった。
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