初恋の距離~ゼロになる日

第7章 感情の衝突

 新年を迎えて間もない冬の午後。
 薄曇りの空から細かな雪が落ち、屋敷の庭を白く染めていく。

 三か月の延期を決めてから二か月近くが過ぎた。
 けれど、美琴と悠真の距離は縮まるどころか、目に見えない壁が厚くなっていた。

 ――昨日の約束も、また断ってしまった。
 予定があると告げたが、実際は何もなかった。
 ただ、会えばきっと昨日の光景――カフェでのあの女性との姿――が脳裏に浮かび、平静でいられなくなると思ったのだ。

 その日の夕方。
 玄関のチャイムが鳴り、侍女の声が響く。
「朝倉様がお見えです」
 胸がざわめく。約束もしていないのに、なぜ――。

 応接間に入ると、悠真が立っていた。
 冬のコートを脱ぎ、無造作に腕に掛けている。
 その眼差しは、外気よりもずっと冷たく、そして熱を帯びていた。

「突然ですみません」
「……いえ」
「今日は、話がある」
 その口調に、いつもの柔らかさはなかった。

 ソファに腰を下ろすと、彼は正面の席ではなく、美琴の隣に座った。
 距離が近い。
 空気が張りつめ、呼吸が浅くなる。

「最近、会うのを避けてるよな」
「そんなこと……」
「じゃあ、どう説明する? 連絡をしても返事が遅い。予定を立てても断る。会っても、視線を合わせない」
 低く抑えられた声に、胸の奥の防波堤が揺れる。

「……少し、疲れているだけです」
「またそれか」
 短く吐き出すような言葉。
 悠真はゆっくりと、美琴の方へ身体を向けた。
「本当は何が理由なんだ」
「……」
「俺に言えないことなのか。それとも、言いたくないだけか」

 喉の奥で言葉が渦を巻く。
 ――聞いてしまったあの一言。
 ――そして、あの女性と二人きりでいた光景。
 口にすれば、きっと何かが変わってしまう。

「……あなたは、私といると疲れるんでしょう?」
 押し殺した声が、静寂を破った。

 悠真の目が大きく見開かれ、すぐに険しい色が混じる。
「……誰がそんなことを」
「あなたです」
 美琴は視線を逸らさず、続けた。
「パーティの夜、友人の方と……そう言っていました」

 沈黙。
 室内の時計の針が、やけに大きく時を刻む。

「……冗談だ」
「冗談、ですか」
「ああ。軽口だ。あの場の雰囲気で出た言葉だ。本気で思ったことなんかじゃない」
「でも、私には……」
「おまえは、そんなことで距離を置いたのか?」
 低く鋭い声。
 美琴は唇を結び、俯いた。

「……それだけじゃありません」
「ほかにもあるのか」
 問い詰める声に、一瞬ためらい、それから言葉を吐き出した。
「……この前、銀座のカフェで。あなたが女性と二人でいるのを見ました」

 悠真の眉間に皺が寄る。
「仕事だ」
「本当に?」
「本当だ。彼女は取引先の代表で、書類を受け取っていただけだ」
「でも……笑っていました」
「笑ったら駄目なのか」
「……私には、最近そんな顔を見せてくれないから」

 言った瞬間、胸の奥が痛む。
 悠真は深く息を吸い込み、低く吐き出した。
「……なるほどな」
 その声には怒りよりも、深い失望の色が滲んでいた。
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