初恋の距離~ゼロになる日

最終章 婚約者の距離ゼロへ

 三か月は、驚くほど早く過ぎていった。
 延期の決断から始まった「心ならし」の習慣は、最初こそぎこちなかったが、回を重ねるごとに二人の距離を着実に縮めていった。
 そして今日――その集大成の日が訪れた。

 春の光が差し込む、都内の格式高いホテル。
 高い天井から吊るされたクリスタルのシャンデリアが、柔らかな輝きを放っている。
 白と淡いピンクの花々がバージンロードの両脇を彩り、甘やかな香りが会場を満たしていた。

 控室の大きな鏡の前で、美琴は純白のドレスに身を包み、ゆっくりとベールを整えていた。
 胸元のレースと細やかな刺繍が、光を受けて繊細にきらめく。
 鏡越しに、自分が少し大人びた顔をしていることに気づく。

「美琴様、本当にお綺麗です」
 メイク担当の女性が微笑む。
「ありがとうございます」
 控室の扉がノックされ、母が顔を覗かせた。
「……きっと大丈夫よ。あの人、もう絶対にあなたを離さないわ」
 その言葉に、美琴は小さく笑った。
「はい」

 リハーサル通り、扉が開き、父の腕に手を添えて歩き出す。
 会場の視線が一斉にこちらに向かい、祝福の拍手が広がった。
 バージンロードの先、祭壇の前にはタキシード姿の悠真が立っている。
 真っ直ぐにこちらを見つめるその目は、あの日よりもずっと柔らかく、そして揺るぎない光を宿していた。

 歩み寄るたび、足元の花びらが小さく揺れる。
 父から手を託された瞬間、悠真の手が温かく包み込んだ。
「……綺麗だ」
 小さく囁かれ、胸が熱くなる。

 誓いの言葉が始まる。
 牧師の低く穏やかな声に導かれ、二人は互いの瞳を見つめたまま、はっきりと答える。
「はい、誓います」

 指輪交換のとき、悠真が小さく笑みを浮かべた。
 ベルベットのケースから取り出されたプラチナのリングは、延期を決めたあの日に手渡されたものだ。
 その指輪が美琴の左薬指にすべり込むと、胸の奥に長く沈んでいた棘がすっと抜けていくような感覚があった。

 続いて、美琴から悠真へ。
 震える指先でリングをはめながら、思わず囁く。
「……愛しています」
 悠真の目が、確かな熱で揺れた。
「俺もだ」

 宣言の後、二人は誓いの口づけを交わす。
 会場から大きな拍手と歓声が湧き、光の粒が舞い上がるように見えた。
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