初恋の距離~ゼロになる日
第5章 結婚式の延期
冬の入り口を告げる冷たい風が、篠宮家の庭の枯れ葉を舞い上げていた。
応接間のテーブルには、結婚式の準備資料が広げられている。純白の花の見取り図、招待状のデザイン案、メニューサンプル――すべてが整い、あとは日取りを決めるだけだった。
しかし、美琴の胸の奥は晴れなかった。
このまま式の日を決めてしまえば、もう後戻りできない。
誤解を抱えたまま誓いの言葉を口にすることが、どうしても怖かった。
「美琴、これはどう?」
母が見せてきたのは、淡いブルーを基調にした招待状。
「……素敵です」
「じゃあ、来月下旬の日程で進めてもいいかしら」
母の瞳がやさしくも真剣に揺れる。
「……少し、時期を見直してもいいでしょうか」
「え?」
「互いに忙しいですし、準備も丁寧に進めたいから」
母は一瞬黙り、美琴をじっと見つめた。
「……あなた、何かあったのね」
「……いいえ」
「無理をしている顔よ。お母さんにはわかるの」
その言葉が、胸に小さく刺さった。
その日の夜、美琴は机に向かい、白い便箋に震える手で文字を綴った。
『結婚式の日程について、一度相談させてください。美琴』
何度も書き直し、たった一行だけを残して封をした。
翌日。
悠真からの返信は短かった。
『わかった。時間を作る。君の都合を教えてくれ』
――話せるだろうか。
延期の理由を、どう説明すればいいのだろう。
“あなたといると疲れると言っていたでしょう”――その言葉は、まだ喉の奥に固まって出てこない。
三日後、都内のホテルラウンジで向かい合った。
磨き上げられたガラス窓の外には、冬の夕暮れが広がり、街灯が点り始めている。
「それで……相談って?」
悠真の声は穏やかだが、その奥に硬いものがあるのを感じた。
「結婚式の日程を……少し、延ばしたいと思っています」
カップの縁を指でなぞりながら、ゆっくりと言葉を置く。
悠真の眉が、わずかに動いた。
「理由は?」
「お互いに忙しいですし、準備にも余裕を持ったほうが……」
「本当の理由は?」
射抜くような視線に、背筋が強張る。
「……」
声にならない沈黙。
やがて悠真はカップを置き、ゆっくりと息を吐いた。
「君は、俺との結婚を迷っているのか?」
「……そういうわけでは」
「じゃあ、何だ」
低く抑えた声が、冷たい空気を震わせる。
美琴は唇を噛んだ。
――今ここで全てを話せば、何かが変わるかもしれない。
けれど、その勇気はやはり持てなかった。
「少しだけ……時間が欲しいんです」
それが、精一杯の答えだった。
悠真は視線を外し、窓の外の光を見つめた。
その横顔から感情を読み取ることはできなかった。
応接間のテーブルには、結婚式の準備資料が広げられている。純白の花の見取り図、招待状のデザイン案、メニューサンプル――すべてが整い、あとは日取りを決めるだけだった。
しかし、美琴の胸の奥は晴れなかった。
このまま式の日を決めてしまえば、もう後戻りできない。
誤解を抱えたまま誓いの言葉を口にすることが、どうしても怖かった。
「美琴、これはどう?」
母が見せてきたのは、淡いブルーを基調にした招待状。
「……素敵です」
「じゃあ、来月下旬の日程で進めてもいいかしら」
母の瞳がやさしくも真剣に揺れる。
「……少し、時期を見直してもいいでしょうか」
「え?」
「互いに忙しいですし、準備も丁寧に進めたいから」
母は一瞬黙り、美琴をじっと見つめた。
「……あなた、何かあったのね」
「……いいえ」
「無理をしている顔よ。お母さんにはわかるの」
その言葉が、胸に小さく刺さった。
その日の夜、美琴は机に向かい、白い便箋に震える手で文字を綴った。
『結婚式の日程について、一度相談させてください。美琴』
何度も書き直し、たった一行だけを残して封をした。
翌日。
悠真からの返信は短かった。
『わかった。時間を作る。君の都合を教えてくれ』
――話せるだろうか。
延期の理由を、どう説明すればいいのだろう。
“あなたといると疲れると言っていたでしょう”――その言葉は、まだ喉の奥に固まって出てこない。
三日後、都内のホテルラウンジで向かい合った。
磨き上げられたガラス窓の外には、冬の夕暮れが広がり、街灯が点り始めている。
「それで……相談って?」
悠真の声は穏やかだが、その奥に硬いものがあるのを感じた。
「結婚式の日程を……少し、延ばしたいと思っています」
カップの縁を指でなぞりながら、ゆっくりと言葉を置く。
悠真の眉が、わずかに動いた。
「理由は?」
「お互いに忙しいですし、準備にも余裕を持ったほうが……」
「本当の理由は?」
射抜くような視線に、背筋が強張る。
「……」
声にならない沈黙。
やがて悠真はカップを置き、ゆっくりと息を吐いた。
「君は、俺との結婚を迷っているのか?」
「……そういうわけでは」
「じゃあ、何だ」
低く抑えた声が、冷たい空気を震わせる。
美琴は唇を噛んだ。
――今ここで全てを話せば、何かが変わるかもしれない。
けれど、その勇気はやはり持てなかった。
「少しだけ……時間が欲しいんです」
それが、精一杯の答えだった。
悠真は視線を外し、窓の外の光を見つめた。
その横顔から感情を読み取ることはできなかった。