囚われの聖女は俺様騎士団長に寵愛される
 私の声を聞き、顔をあげたその頬は真っ青だった。

「アイリス!逃げなさい」

 立ち上がろうとするも、母はその場に再び膝をついた。
 
 どうしよう、このままじゃ。死んでしまう!
 
 そう思った瞬間、私の拘束がなぜか解かれた。
 
 振り返る間もなく、母の元へ駆け寄り、傷を確認する。

「お母様!今、《《治す》》から!」

 私は意識を集中させようとした。

「ダメ!やめなさい」

 母に手を抑えられた。

「嫌よ!このままじゃ!お母様が死んでしまうわ」

 先ほどよりも出血していることが服の上からでもわかる。

「やはり、お前。《《治癒力》》が使えるんだな。しかもその傷を癒せるほどの。ずっと探していた。やっと、やっとだ。たどり着いた。これで私は皇帝より認められ、さらなる力を授けられる。お前だな、加護の魔法を使ってアイリス(こいつ)の存在を守っていただろう。力の使いすぎでこんなにも貧弱になったんだな、アン・ブランドン。愚かな女」

 この人、母の名前を知っているの。
 治癒力()を使わなきゃ、母が死んでしまう。
 私は傷を抑える母の手の上に自分の両手をかぶせ、意識を集中させた。
 
 使ってはいけない力だと教わっていた。
 母と約束を取り交わしてからは、癒す相手はいつも動物だった。
 人間相手にはあまり使ったことはない。母の病気はなぜか力を使っても治せなかった。けれど、今なら治せる気がする。いや、治さなきゃ。

 私の手のひらから光が溢れた。

「おおっ……」

 その光景を見て、周囲の男たちは声をあげる。

「アイリス……」

 母は段々と失いかけていた意識を取り戻したみたいだった。

「お母様!良かった」

 ギュッと母を抱きしめた時だった。

「お前たち!見ただろう?これが《《聖女》》の力だ」

 聖女の力……?
 私が聖女なの。お母様が魔法を使えることは知っていたけれど、そんな血筋じゃ……?

「その女を連れて行け」

 貴族の男が命令すると、私は母と強引に引き離された。

「いや!離して!」

「アイリス!!」

 母が伸ばした手を私は掴めなかった。

「母親はどうしますか?」

「大した使い道もない。先ほど、聖女の力は確認がとれた。娘がいれば十分だ。それにこの女は我がクラントン家から逃げ出した女。殺してしまえ」

 私は騎士たち数人から抑え込まれ、身動きが取れなかった。

「お母様!」

 母は私を真っすぐ見据えている。

「アイリス。大好き、愛しているわ」

 母の眼から一粒の涙が零れた時だった。
 近くにいた騎士が母の心臓部分を突き刺したのが見えた。
 鮮血が飛び、母は膝から崩れ落ちた。

「いやややぁぁぁぁぁ!!!」
「離して!!」

 私が暴れていると背中に一瞬電流のような衝撃が走り、身体の力が抜けた。  
 倒れ込みそうになった瞬間、そこから私の記憶はなくなった。

「オスカー様?」

「ああ、気絶をさせただけだ。この家は燃やしてしまえ。この女の死体とともに。上級魔法を使って火力を最大限にしろ。骨も残すな。魔導師を連れて来ているだろ」

「わかりました」

 私の知らないところで家は燃やされ、母の遺体は跡形もなく消えてしまった。
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