桃果の契り 才人妃は皇太子に溺愛されて
「……いえ。何でもないのです。」

必死に笑顔を作り、私は立ち去ろうとした。

だが背を向けた瞬間、司馬陽の声が鋭く響いた。

「待って下さい。」

足が止まる。

振り返ると、彼は真剣な眼差しでこちらを見つめていた。

「戦の勝利は、すでに伝わっておりますよ。」

「……本当ですか!」

思わず顔が明るくなる。

胸を押しつけていた重苦しさが一瞬ほどけ、心から安堵の声が洩れた。

けれどその直後、司馬陽は視線を細める。

「それよりも――将軍と知り合い、と仰いましたね?」

「いえっ……ほんの顔見知りで、別に何も。」

慌てて首を横に振る。

誤魔化すように笑ってみせたが、その手は小刻みに震えていた。

次の瞬間、ぐっと肩を掴まれる。

「柳貴人。」

低く押し殺した声に、心臓が跳ね上がる。

逃げ場を失った獲物のように、喉がひりついた。

(だめ……これ以上、踏み込まれたら……煌とのことが……!)

背筋に冷たいものが走り、私は必死に視線を逸らした。
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