桃果の契り 才人妃は皇太子に溺愛されて
「……分かりました。あなた様を、信じてみます。」

その一言を告げた途端、戸の外から短い息遣いが洩れた。

「……本当か。」

驚きと喜びがないまぜになった声音。

胸が締め付けられる。

けれど私は、込み上げる涙を抑えきれず、声を震わせた。

「でも……もう少しだけ待ってください。」

沈黙が落ちる。戸を隔てても、彼がじっとこちらを見つめている気配が伝わってくる。

「好きな人への想いを断ち切るには……どうしても、もう少しだけ時間が必要なんです。」

涙が頬をつたう。

煌への想いを裏切ることはできない。

けれど、皇太子の真摯な言葉を拒み続けるのも苦しかった。

戸の外から低い声が返る。

「……待とう。君が心を決めるまで、何度でもここに来る。」

その執念に震えながらも、胸の奥がほんのりと熱くなる。

信じてしまえば、すべてが壊れてしまう――そう分かっているのに。

私は両手で顔を覆い、声を殺して泣き続けた。
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