Pandora❄firstlove
揺れる視界の中、目を開けると雪景色。
それはコートの上からでも染み込むような冷気が、体温を奪っていくような日だった。
「母さん!!」
幼い足元を震わせながら、走り通していた。
息は透明のようで白く、喉元を氷漬けにして息が詰まりそうな夜明け前。
誕生日だというのに、帰ってこない母さんの帰りを俺はまだ待ち続けていた。
そこに「母さんは、何処かで連れ去られてしまったのではないか」という不安が殴られたように痛みとして染み込んだゆえ。
こうして今走っている。
だけどもだ、どうしてーーー俺がこんなに夢中になって母さんを探しているのか、理解できなかった。
だって今日は「母さんの誕生日」ではなく「俺の誕生日」であってーーー。
街なかの霧が濃くなっていく。
俺が最初に母さんに「初体験」を奪われた日だったから。
もう六時前だというのに、まだ帰ってこない。
スナックの商店街に入りびたって、稼いでいるのだろうか。
それは、俺のためであってほしいと願った。
だけども、運命は残酷だ。
霧が立ち込める住宅街をくぐり抜け、やっとの思いで母さんが仲良くしていた常連さんの家にやってきた。
母さんは気にった常連さんを見つけると、家に招き入れておれと話をさせてくれる。
その常連さんは特に、母親のお気に入りでメガネを掛けた男性だった。
既婚男性で子供もいると当時から、囁かれていた。
母が白い家から出てきた。
声をかけよう。
一歩踏み出す。
霧がさけるように、掠れてゆく。
キスをしてた。
母さんが、見知らぬ常連さんとキスをしていた。
胸を握りつぶされ、酸素が逆流しているかのように、耳が熱い。
肩がふるふると震え、今目の前で何が起こっているのか理解できた。
母さんの「あんな表情」を俺は、「忌まわしき誕生日」に知っている。
バサリと毛布を投げ捨てる。
あたりを見渡す。
真っ暗な病室。
ここは………病院の中か?
今さっきまで、夢を見てた………?
ゆっくり囲まれたカーテンを開ける。
まず目の前に飛び込んできたのはーーー。
「………愛?」
すやすやと寝息を立てる、愛の姿が。
目の上にあった時計は十二時。
くそ………どうなってるんだ。
ヒリヒリする頭痛が刺激して、こめかみを押さえる。
あたりは静まり返っていて、夜中だからなのか、冬のせいなのかとても肌寒い。
病室から起き上がるが、点滴が邪魔をした。
「………先生?」
振り向くと、愛が覗き込んでいた。
「体調、大丈夫なの?」
「………そんなことよりも、なんでお前がここに?」
「先生、運ばれたんだよ。居酒屋で倒れて」
「倒れた?俺が?」
「うん。だから、急いで林檎先生が救急車呼んでーーーこうなったみたい」
「こうなったって………じゃあ、なんでお前と同じ病室に……」
「空きがなかったんだって。看護師さんがごめんねーって話てたけど、「大丈夫。恋人ですから」って言ったら笑われちゃった」
舌を出して、笑って見せる愛。
「………馬鹿野郎。変なことほざくなよ。ガキ臭い」
「この長い病院生活、こういうユーモアがないとやっていけないの。特にここ、私の家みたいなもんだし」
「……家?どうゆうことだ?」
「だから、ここの病院長が私のお父さんでーーその娘って事」
「主治医もか?」
「勿論そうだよ。他に誰がいるって言うの?」
冷やかな風がなびく。
その目元は、伏せて入るがどこか遠い目をしていて。
けれどもすがるように。
「ちなみに、病状ってのは心臓病ってやつなんだー。やになっちゃうよね」
「そこまで、身を削る必要はない」
「でも、ずっと黙っておくのも、尺に触るし」
小さな体で、ベッドからひょいと降りたらーー彼女は目の前に来て覗き込んで。
「私ね、先生と同じカウンセラーさんだってことも知ってるんだ」
「お前………機密情報……どうして」
「それだけ父親の病院長は優秀で、全国の病院の事情を知り尽くすぐらい有力な人なの」
「医学界では、有名なのか?」
「悪魔って呼ばれてる。おー、怖い怖い!!お肌荒れちゃう」
お前はまだ10代だろ。
「でも、そんな人がなぜーーー俺と同じ病室に愛がいることを許可したんだろうか」
「二人に助け合ってほしい的な、思惑なんじゃなーい?」
「本当か?」
「多分嘘」
「どっちだよ………」
「でも、当人しかわかりようがないよそんなの」