社畜と画家は真っ新なキャンバスに何を描く
誰よりも、何よりも、美しく
そして迎えた誕生日。
私の願い虚しく、結局終電を逃してしまった私は歩いて家へ向かっていた。
「おかえり」
聞き慣れた声が聞こえて反射で見上げると、あの時と同じようにベランダからこちらを見下ろしている市野さんと目が合った。
一瞬煙草でも吸っているのかと思ったが、随分前に禁煙を始めたという話を聞いたため、その線はないだろう。きっと棒付きキャンディーだ。
「ただいまです」
「終電、逃しちゃったの?」
「まあ、金曜日ですし。ある程度の覚悟はしていましたよ」
「……そっか」
なんだか暗い声に不安になってしまう。何かあったのだろうか。
「あの、」
「遅くまでお疲れ様。ご飯作るから僕の部屋に来てよ」
遮られたと思ったら明るい声。顔を上げれば、綺麗な笑顔で彼は笑っていた。
「す、すぐに行きます」
「ははっ、慌てなくていいからゆっくりね」
そんな言葉と共に、彼は部屋の中に戻っていった。自分の気のせいだったのか、なんて適当に結論付けて上り慣れた階段を上る。自分の部屋の前を通り過ぎて、彼の部屋のドアノブを回す。案の定、開いていた。
「おじゃまします」
「いらっしゃい。いつも通りくつろいでくれてていいからね」
「ありがとうございます」
そんな会話と共に椅子に腰かける。相変わらず彼の部屋には、沢山の美術道具が転がっていた。