社畜と画家は真っ新なキャンバスに何を描く

 「でも、ケーキはまた今度ね。こんな時間から食べたら健康に悪いでしょ」
 「けーき?」
 「うん。理沙さんの誕生日ケーキ。一瞬迷ったんだけど、さすがにこの時間はね」

 思わぬ言葉に驚いてしまう。

 「もしかして、覚えていてくれたんですか?」
 「もちろん。折角教えてくれた誕生日はちゃーんと覚えてるよ」

 そう言って悪戯に笑う彼に、不覚にも頬が緩む。
 オムライスの確認も、「誕生日にオムライスでいいのか」という確認だったようだ。しかし、偶然にも私の大好物はオムライス。ちゃんと嬉しかった。

 「でも理沙さん、この前『たんじょうびぐらい終電前には帰りたい』って言ってたのにしっかり終電逃しちゃってるし…僕、当日にお祝いしたかったんだけど?」
 「も、もしかしてベランダにいたのって…」
 「待ってた」

 笑顔で迷いなく言われた言葉に、一気に血の気が引く。
 そんな、意図していないとはいえ、相当待たせてしまったに違いない。

 「嘘っ!!本当にごめんなさい!言ってくれれば連絡しましたよ!」
 「ははっ、そんなに焦らないでよ。大丈夫だよ、僕が待っていたかっただけだし」

 ころころと表情を変えながら笑ってくれる市野さんに、申し訳なさと嬉しさを感じる。誰かに帰りを待ってもらっていたのなんていつぶりだろうか。

 「ということで、本当は当日に渡すつもりだったプレゼントがありまーす」

 そんな言葉と共に、市野さんは軽い足取りとリビングを出て行ってしまった。何の反応もできないまま待っていると、程なくして彼はリビングに戻って来た。

 彼の手には何かが抱えられいる。

< 14 / 17 >

この作品をシェア

pagetop