社畜と画家は真っ新なキャンバスに何を描く
「じゃーん!はい、どうぞ!」
「これは、」
それは両手で持つことのできるサイズのキャンバスだった。
描かれているのは、煌々と照る青い月。街を照らすそれは確かな存在感を放つものの、街も細部まで丁寧に描かれている。深夜のような静けさを物語りつつも、神秘的な美しさも共存していた。
「市野 啓人の最高傑作。本当によく描けたと、自分でも思えるぐらいの出来栄えだよ」
自画自賛かな、と照れる彼は私の感想を待つかのようにじっと見つめてきた。全てを語りたいけれど、それ以上に絵から受けた衝撃が大きすぎる。本当に、本当に、
「綺麗」
震える声で小さく呟いた。しかし市野さんは私の言葉に、満足したように頷いた。
「うん。でも僕、もっと聞きたいんだ」
「え、?」
「理沙さんはさ、この絵の中で何が1番綺麗に見える?」
何が、と問われてもその全てだと思ってしまう。色も、描写も、切り取り方も、何もかもが綺麗だ。でも、その中で何よりも目を引くのは、
「月」
「うん」
「月が、綺麗です」
「ふふっ。……僕、死んでもいいよ」
その言葉に顔を上げると、彼はしてやったりと笑っていた。
『月が綺麗ですね』
『死んでもいいです』
それらはかつての文豪たちが作り出した、告白の言葉。
意識した瞬間、顔が熱くなるのを感じた。