社畜と画家は真っ新なキャンバスに何を描く
「ちょ、誘導尋問じゃないですか!」
「でも僕は本気だよ」
市野さんは座っている私を見下ろしながら柔らかく笑う。
「実はね、僕の誕生日は理沙さんと出会った日だったんだよ。誕生日だったけどすることもなくてベランダで煙草を吸ってたら、理沙さんと目が合った。本当に今思い返しても最高の思い出。だから、僕はすでに理沙さんから十分な誕生日プレゼントをもらってたんだよ」
「そう、だったんですか。お誕生日おめでとうございました」
「あははっ、今?でも、ありがとう。祝ってもらえて嬉しいや」
そんなやり取りをしている間も、市野さんの刺すような視線は変わらない。強い意思を感じた。
「ま、そんな話では流されないけどね」
「あはは…」
「ねえ、理沙さん。僕、理沙さんのこと好きだよ」
背の高い彼はしゃがみ、座っている私を見上げて目を合わせてくれる。詰め方も手口もしっかりしているくせに、その目は不安げに揺れていた。
「だから付き合ってほしい、です。でも、、無理強いはしたくない。だから、理沙さんの気持ちを聞かせてくれないかな」
彼の瞳と両手に収まるキャンバスの月が、ほんの一瞬重なって見えた。