社畜と画家は真っ新なキャンバスに何を描く
(やばっ、)
咄嗟に目を逸らした。
やましいことは何もないのだが、如何せん不気味すぎる。というか、あの汚れが怖い。何をどうしたら顔がべったりと汚れるんだ。
まさか人殺し…、はないか。いやでも関わらない方がいいに決まってる。
見なかったことにして早足で立ち去ろうとしたその時、私の焦りに反した間延びした声に呼び止められた。
「おーい、お姉さん」
無視して歩けば良かったものの、ピシリと固まってしまったのが運の尽き。
「そんな幽霊でも見た顔しないでよ」
半笑いの声に顔を上げると、意地悪そうに笑う男性と目が合った。
黙っていた時よりも随分幼く感じる言葉遣いに、何て返していいのか分からない。
「お姉さん、仕事帰りなの?」
「そ、そうですけど…」
「こんな時間まで大変だね。良かったらウチでご飯食べる?」
さすがに怖すぎる。殺人(仮)の目撃者として、変な毒でも盛られて殺されたらたまったもんじゃない。
こんな山も谷もない人生で終わったら、閻魔様も天国と地獄のどっちに行かせるか迷うって。
そんなしょうもないことを考えながら必死に首を横に振るも、
くぅ
ともの悲しげにお腹が鳴った。空気を読まない自分の体に嫌気が差す。
「あははっ、体は正直じゃん」
人様が聞いたら勘違いしそうな言葉を無邪気な声で発さないでほしい。もう終電も逃した深夜なんだよ。静かな夜道だったこともあり、相手に音が届いてしまったようだ。
よほど面白かったのか、ひとしきり笑ってから彼は優しく手招きをした。
「じゃあ、おいで。301号室だから」
それだけ言うと家の中に引っ込んでしまった。
逃げればいい
知らないことにすればいい
どうせ彼は私のことを何も知らない
それらのことが頭の中でぐるぐると回るも、気づけば私の足は彼の部屋に向いていた。