社畜と画家は真っ新なキャンバスに何を描く

 「良かったら泊まって行く?」
 「い、いえ!さすがにそこまでは…」
 「僕はさっき起きたばっかりで寝ないし、お姉さんもここから会社行ったほうが近いんでしょ?なら良くない?」

 その通りなのだが、こちらの警戒心はまだ高い。…手料理を振る舞ってもらって何を言っているんだと思うかもしれないが、泊まらせてもらうのはまた別のハードルがある。

 「……」
 「え、何か変なこと言った?」
 「いや…私、あなたの名前も何も知りませんし…」
 「僕の名前は市野 啓人(いちの けいと)。今年で24だよ。職業は画家で、…あと何聞きたい?」

 呆気からんと自己紹介を済まされてしまう。そういうことではないのだが、彼の素振りから嘘を吐いている感じはしない。

 「いえ…。もう大丈夫です」
 「そっか。あ、僕としてはお姉さんのことが気になるんだけど聞いてもいい?」

 たしかに話してもらった手前、こちらが黙るというのは失礼だろう。

 「平塚 理沙(ひらつか りさ)です。年齢は市野さんと同じ、24歳です」
 「えっ!お姉さん、同い年だったんだ~」
 「そうですね。だからお姉さんじゃないです」
 「あははっ、ごめんね。じゃあ…平塚さん?理沙さん?」
 「どちらでもいいですよ」
 「じゃあ理沙さんにしよ」

 1人頷く市野さんは、期待するようにこちらを見つめてきた。自己紹介の続きをねだっているのだろうか。

 「それでそれで?」
 「広告系の会社に勤めていて、毎日これぐらいの時間に帰ってます」
 「へぇ~、大変だね。その仕事はやりたかったの?」
 「……いえ。元々、教師を目指していたんです。でも、向いてないと思って辞めました」
 「先生!すごいじゃん!」

 市野さんは褒めてくれるが、全然すごくない。諦めた側は結局、

 「ねぇねぇ!じゃあ僕に勉強教えてくれない?」

 予想外の言葉に固まってしまう。驚きのあまり何も返せずにいると、市野さんは照れたように頬を掻いた。

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