社畜と画家は真っ新なキャンバスに何を描く
「僕さ、ずっと絵を描いてたからまともに勉強してこなかったんだ。今更勉強したいと思っても、何からやればいいのか分からいないし、……だから教えて欲しいな~って」
「で、でも、私は小学校の教員免許をもっているだけで、」
「小学校でも十分だから!ね!お願い!僕はずっとこの部屋にいるから、理沙さんの気が向いた時だけでいいし!」
いやいやいや。こちとらブラック企業勤めの社畜なのだ。そんな時間なんてないし、余裕も・・・
「隣の部屋、空室なの!!!」
「へ…?」
「理沙さんが隣の部屋に引っ越してくるための引っ越し代、あとこれからの家賃!全部授業代として僕が出す!」
「ちょ、ちょっと」
「………」
じっと見つめられてしまい、一瞬言葉に詰まる。でも言わないといけない。
「私は2年前に教えたっきりなんです。それから勉強はしていないし、教えてもらうならちゃんと勉強している人の方がいいと思います」
「24歳の画家をまともに取り合ってくれる人を知らないし、大前提として僕は理沙さんがいい」
「そんな…」
たしかにここに引っ越せば、今住んでいる所よりもだいぶ会社に近くなる。その分、自由な時間が増えるし、メリットしかないことは確かだ。現に、こうして会社以外の人と話せるのは楽しい。
「じゃあ、理沙さんの為に毎日晩御飯を作る。いらない日は言ってくれればいいよ。これでどう?」
正直、彼の手料理は捨てがたい。今日のご飯はお世辞なしに美味しかったし、また食べたいと思ったほどだ。
「そもそも、そんなにお金あるんですか?引っ越し代と家賃なんて結構かかりますよ」
「これでも僕、結構有名な画家なんだよ。信じられないならスマホで調べてみてよ。名前で検索かければ出てくるはずだから」
言われた通り『市野 啓人』で検索をかけると、沢山の絵と共に個展開催の告知が見られた。どうやら有名な画家という話は嘘ではないようだ。っていうか、相当すごい人。
「……毎日は教えられないですよ」
「半年に1回とかでも全然!」
これも何かの縁なのだろう。深々と吐いたため息と共に頷けば、心底嬉しそうに笑われた。
そんな彼の表情が、純粋な子どものものによく似ていた。