私なんかが神様のお嫁さんになりました
杏が神社の掃除を終えて帰って来ると、義妹である紗代(さよ)が鬼のような形相で近づいて来た。
「杏、今日は私の大切なお見合いの日だって知っているでしょ!なんで私の部屋の掃除が終わっていないのよ。これから着物に着替えて髪を結うのだから部屋を綺麗にしておいてって言ったわよね。…本当にグズな女。」
「紗代様、申し訳ございません。すぐに掃除を…」
すると紗代は水の入った湯呑を杏の頭上で傾けた。
水は杏の頭にぴしゃぴしゃと音を立てて流れていく。
「もういいわ…これで頭を冷やして反省する事ね。私達がお見合いから帰ってくるまでに家の中は全て掃除を終らすのよ…まったく使えないわね。あんたのお母さんも同じように使えない女だったとお母様が言っていたわ。」
紗代は言葉を言い捨てるようにして去って行く。
杏は自分の手を強く握りしめ目を閉じた。
フルフルと身体が震えているのを感じていた。
それは自分に対してされたことへの悔しさではなく大切な母親を侮辱された悲しみだった。
怒りではなく悲しみだ。
杏は不思議と何を言われても怒りの感情は沸かない。
こんな自分を置いてくれている財前家には恩を感じているのだ。
どれだけ酷い言葉を投げられても家の片隅に置いてもらっていることに感謝しているのだ。
夜になり紗代と両親が運転手付きの自動車で帰って来た。
この時代にはまだ自動車は珍しくかなり高級なものだ。
紗代のお見合いに間に合う様に父が用意したようだ。
「お父様…五条様はとても素敵な殿方でしたわ…私を気に入ってくださっているなんて嬉しいわ。」
「お前は器量良しで頭もいい…選ばれて当然だ。五条君には勿体ないくらいだがな。」
「あら…お母さんも五条君は素敵だと思うわよ。紗代良かったわね。」
3人はかなりご機嫌で帰って来たようだ。
しかし、杏の顔を見るなり表情は一変する。
先に声をあげたのは義母だ。
「杏、何をジロジロと見ているのよ…卑しいお前が見ると、おめでたい話に傷がつきそうだよ。あっちに行っとくれ。思ってもいないだろうけどお前を選んでくれる殿方なんていやしないよ。お前は天がひっくり返っても嫁には行けないだろうね。」