忘れたはずの恋心に、もう一度だけ火が灯る ~元カレとの答え合わせは、終電後の豪雨の中で~
追加注文も通して、一息つく。乾杯から10分。すでにジョッキ1杯はお互いに飲み終わっていた。
「にしても、久しぶりだな」
圭吾の言葉に私も頷く。
山口圭吾。彼は私の良き友人であり、そして___私の元カレだ。
私たちが出会ったのは、大学のグループワークがきっかけだった。課題のために連絡先を交換したことを機に、私たちは何かと顔を合わせることが多かった。講義の合間、カフェテリア、図書館。気がつけば、いつも近くに圭吾がいた。
お互いに会話のテンポや価値観が驚くほど合っていて、一度話し始めると時間が経つのも忘れるほどだった。特定の約束がなくても、自然と一緒にいるのが当たり前。周囲から「付き合っているの?」と聞かれたことは一度や二度ではなかった。
そして、程なくして私たちは恋人になった。特別な告白の言葉があったわけではない。ただ、お互いがこの心地よい関係に、きちんと名前をつけるべきだと感じていたのだ。私は圭吾からの提案に、何の抵抗もなく頷いた。
もちろん、恋人らしいことも沢山した。カフェや旅行などのデート。お互いの家でのデート。2人きりの夜。恋人がすることを、私たちは惜しみなく分かち合った。
けれど、私たちの根本は、友人の頃と何一つ変わらなかった。お互いの存在は『恋愛感情で愛している相手』というよりは、『唯一無二の親友』。その方がしっくりくる感覚だった。どちらにせよ、圭吾と一緒にいる空間は、いつだって特別で温かく、私にとってかけがえのないものであることには変わりなかった。
だからこそ、私から別れを告げた。
(もし、圭吾が本当に愛したいと思える人に出会った時、私の存在が邪魔にならないように)
そう心の中では思ったものの、その気持ちを圭吾には伝えることはなかった。それでも、私の「友人に戻ろう」という言葉に、彼は静かに頷いてくれた。理由を聞かれることもなければ、驚いた様子もない。まるで前から分かっていたかのような反応に、私の方が戸惑ってしまったぐらいだった。
『結婚』や『夫婦』という言葉に、私たちを当てはめて考えることができなかったのだ。学生気分のままではいられなかった。私の弱さと言われればそれまでだ。
だからと言って、別れてからも私たちが疎遠になることはなかった。連絡が途絶えることもなく、ただ純粋な友人として、私たちは繋がり続けた。
そして、別れてから半年と少しが経った今。
私たちはお互いに顔を合わせ、笑い合えるぐらいには、良好な関係を築けている。その事実にほっとするも、ほんの少しだけ寂しいと思っている自分もいた。