十年越しの初恋は、永遠の誓いへ

第二十章 主人公の孤立が決定的に

 囁かれる噂は、日を追うごとに色を濃くしていった。
 最初は小さな影のようだったものが、気づけば私の背後にまとわりつき、逃げ場をなくしていく。



 「この資料、お願いできますか」
 同僚に頼んだ書類が、机の上に乱暴に置かれる。
 「……はい」
 小さく答える声は、すぐに空気に消えた。

 コピー機の順番を待っていても、誰かが後ろに並ぶと小さな笑い声が聞こえる。
 「やっぱり特別扱いなんだよ」
 「部長とね」

 ――違う。
 そう言いたくても、声は喉に貼りついて出てこなかった。



 昼休み。
 食堂のテーブルにトレーを持っていくと、先に座っていた同僚たちが顔を見合わせ、立ち上がって去っていった。
 残されたテーブルの上で、私の手は小さく震えた。

 「……やっぱり、一人なんだ」

 温かいはずのスープも、味を感じなかった。



 午後の会議。
 プレゼンの途中で意見を求められて答えたのに、誰も反応しない。
 まるで声が届いていないかのように、沈黙が続く。
 隣に座る佐伯だけが、小さく頷いてくれた。
 その優しささえ、今は痛かった。



 会議が終わったあと、廊下の片隅で聞こえてきた囁き声。
 「やっぱりね。上に取り入るのがうまいんだよ」
 「だから部長に気に入られてるんだ」

 膝が崩れ落ちそうになる。
 「……違う……」
 小さく呟いた声は、誰にも届かない。



 夕方、コピー室で資料を抱えていたとき。
 不意に背後から低い声が響いた。
 「西園寺」
 振り返ると、藤堂部長――蓮が立っていた。

 「……もう帰れ」
 冷たい声。けれど、その瞳の奥に、かすかな痛みが滲んでいるのを見逃さなかった。

 「部長……私、どうすれば……」
 絞り出すように言った瞬間、彼はわずかに眉を寄せた。
 しかし、答えは返ってこない。

 ただ沈黙が流れ、彼は背を向けた。



 その夜。
 誰もいない部屋で、膝を抱えて声を殺して泣いた。
 孤立は、もう決定的だった。

 「私は……ただ、仕事をしていたいだけなのに」

 噂が作り出した壁は、彼との間だけではなく、職場全体との間にも立ちふさがっていた。
 ――私は、ひとりぼっちになってしまった。
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