毒舌男子の愛は甘い。
握られた手が、温かくて。
その様子を隣でみていた翔太が慌てて声を上げた。
「凪!お前言いすぎ!自重しろ!……梓ちゃん、ごめんね?」
梓は、少し間を置いてから笑顔を作った。
けれどその笑みは、口角をなんとか上げただけの薄いものだった。
「ううん。大丈夫だよ?」
(……大丈夫な“ふり”なら、もう慣れてる)
視線を合わせるのが怖くて、目のやり場に困る。
笑ったつもりなのに、喉の奥がキュッと痛んだ。
「ちょっとお手洗い、行ってくるね?」
そう言って立ち上がった声が、ほんの少しだけ震えていた。
***
洗面所の鏡に映る自分の顔。
そっと頬に触れると、指先に一筋の涙のあとが残った。
(まただ……)
強くなりたいと思ったのに。
ちゃんと選べるようになったつもりだったのに。
でも本当はずっと――“選ばれる側”でいるしかなかった。
「……図星、だった…。」
ぽつりとこぼしたその言葉に、涙が堰を切ったように溢れた。
本当に、水野くんの言うとおりだ。
私は、好意に弱い。
それに、嫌われるのが怖くて、つい愛想よくしてしまう。
尽くしているようでいて、本当は“嫌われないために”必死になってるだけ。
だから、都合のいい女になって、いつも裏切られる。
誰にも、本当の意味では選ばれない。
目元の赤みを誤魔化すように何度もまばたきして、深く深呼吸をひとつ。
なんとか泣き止んだ自分に「もう平気」と言い聞かせながら、トイレの扉を開けた。
***
廊下。
壁にもたれながらスマホをいじっていた凪が、ふと顔を上げる。
「……出てきた」
「……えっ、ど、どうしたの?」
「たまたま、通りかかっただけ」
凪の口調はクールなのに、どこか気まずい雰囲気が漂っていた。
梓は、無理に笑ってみせた。
「……水野くん。さっき、ハッキリ言ってくれてありがとう」
「……え?」
「水野くんの言葉、ほんとにその通りだった。私って、いつもそう。
尽くして、浮かれて、気づいた時には裏切られてる。」
「好かれたら自分も好きかもって思い込んで、ダメだって分かってても止められなくて……バカだよね、ほんと」
笑ったつもりだったのに、視界がまたじんわりにじんだ。
(ああ、やっぱ……涙腺、だめかも)
———その瞬間、凪が無言で梓の手を掴んだ。
「ちょっと、来て」
「えっ……?」
戸惑う梓の声を無視して、そのまま手を引いて歩き出す。
ギュッと握られた凪の手は、不思議なくらいあたたかかった。
その温度だけで、胸の奥のざわつきが、少しずつ落ち着いていく気がした。