毒舌男子の愛は甘い。
あくまで、お友達として。
カフェを出ると、夜風がふたりの髪をやわらかく揺らした。
静かな通り。明るすぎない街灯の下で、梓は一歩立ち止まる。
凪も自然と歩を止め、振り返った。
「……あのね、水野くん」
「ん?」
「今日は、ほんとにありがとう。 あんなふうに言ってくれる人、周りにいなかったから……嬉しかった」
凪は視線を少し逸らす。
「……そう?」
「うん。ちょっと……いや、けっこうグサッときたけど。 でも、自分でもなんとなく、気づいてたことだったから」
ふっと、凪が息を吐いた。
「……あんた、素直すぎて危なっかしいよ。そこも含めて」
梓は、苦笑しながらポーチのストラップをきゅっと握る。
「……ねえ」
「ん?」
「連絡先、交換しない? お友達として」
凪の眉がわずかに動く。
「……お友達として?」
「うん。下心とかじゃないから。……私、今ほんとにそういうのじゃなくて。 むしろ、ちゃんと自分を大事にしようって思ったとこだから」
凪は小さく目を見開いたあと、ふっと口元をゆるめた。
「……マジで変わってるな、あんた」
「よく言われる」
「まぁ、いいよ。俺も、あんたみたいに変な色気出されない方が楽だから」
言いながらスマホを取り出す凪に、梓も微笑んで自分のスマホを構える。
お互いにQRコードをかざし合って、 数秒後、画面に「水野凪」という名前が表示された。
「……ありがとう。もしよかったら、また、恋愛相談とか、落ち込んだときとか、話聞いてくれないかな?」
「どうだろ。気分次第」
「そっか…。じゃあ、まず自分で頑張ってみる。」
「それは…やめとけ、またダメンズ引くぞ」
「ひどっ!」
凪の口調は変わらずぶっきらぼうだったけど、 その目はどこかあたたかくて、まっすぐだった。
そして、梓の胸の中に、小さな安心と、 “ちゃんと向き合える人”を見つけたような静かな喜びが灯っていた。