氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「はいぃ、公爵家の間取りは一通り頭に入っていますぅ。このお屋敷は迷路みたいでなかなか覚えがいがありましたぁ。おかげで三日もかかっちゃいましたけどぉ」
「たったの三日で……!?」

 幾度(いくど)となく行き来している公爵家の廊下だが、よく行く場所ですらリーゼロッテはいまだに道順を覚えることができていない。それを三日で覚えたというのだ。驚くのも当然である。

「ベッティはすごいのね……わたくし、いつまでたっても迷子になりそうで……。ねぇ、何か覚えるコツなどがあるの?」

 日本の記憶でも、自分は救いようのない方向音痴だった。知らない通りで一度どこか店に入ると、その店から出たときに、通りの右から来たか左から来たかわからなくなるのだ。来た道を戻っているはずが、全く違うところに行きついてしまう。そんなこともざらだった。

「コツですかぁ? そうですねぇ……そんなこむずかしいこと考えなくても、一度通った道を記憶すればそれでいいんですよぅ」
「え? そんな簡単に言うけど……」

 廊下はどこへ行っても似たような景色だ。似たような扉、似たような置物、似たような花瓶(かびん)に生けられた似たような花……。特徴的なものもあるにはあるが、屋敷が広すぎてその大半は似たり寄ったりだった。

「簡単ですよぅ。ほら、ここの廊下のこの壁には特徴的な傷がついてますしぃ、曲がった先の天井には、ほら、あそこ、猫みたいな形のシミがありますでしょうぅ?」

 ベッティが指し示すのは、ほんの小さな傷だったり、よく見ないと分からないようなシミだったりで、とても参考にはできそうにない。信じがたいことにベッティは、本当に公爵家の屋敷内を把握(はあく)しているようだった。

「……ベッティは本当にすごいのね」
「お(つと)め先でいつまでも迷子になっていたらお仕事にならないじゃないですかぁ。みなさんこのくらいのこと普通にやってますよぅ」

(エラだって案内人がいないとダメなのに……絶対に普通じゃないと思う……)

 リーゼロッテのそのつぶやきが口から()れる前に、ふたりはアデライーデの部屋の前に到着した。



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