氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 だが、今、この場に来るのは随分(ずいぶん)と久しぶりの気がする。思えば、春に彼女に再会してから、一度もここへは来ていなかった。彼女のためにしばらく王城に詰めていたということもあるが、ただ単に、ここに来る理由がなかったのだろう。

「まあ!」
 高台を登りきって、一気に開けた視界にリーゼロッテが感嘆(かんたん)の声を上げた。

「これがヴァルト様の治めるフーゲンベルク領なのですね」
「ああ」

 リーゼロッテは瞳を輝かせて、馬上からぐるりと街並みを遠くまで見渡している。身を乗り出すように辺りをのぞき込むのと同時に、ジークヴァルトの胸元の外套(がいとう)をつかむ手に力が入った。
 その感触(かんしょく)にジークヴァルトはわずかに身じろいだ。小さな白い手に心のどこかを一緒につかまれた気がして、知らず眉間(みけん)にしわが寄る。

 どうしようもなく胸のどこかがざわざわとする。こんなとき、無防備(むぼうび)に身を預けてくる彼女にいわれのない苛立(いらだ)ちを感じる自分がいた。
 この感情は危険だ。これに飲まれると彼女を泣かせることになる。

 同じ託宣を受けた相手として、彼女を守るのは自分の責務(せきむ)だ。そう分かっているはずなのに、時折(ときおり)彼女を無茶苦茶にしたい衝動に駆られるのはなぜなのか。

 己の守護者に肉体を操られたあの日のことが、落とせない汚れのように、ジークヴァルトの脳裏(のうり)にはずっとこびりついたままでいる。
 決して自分の意志ではなかったが、嫌がる彼女を抑え込んだのはまぎれもなく己の無骨(ぶこつ)なこの手だった。
 彼女の匂いも、触れた肌のすべらかさも、指先が感じたあの熱さも、すべてが生々しくいまだこの体に残っている。

 ジークハルトの蛮行(ばんこう)()(がた)い怒りを覚えるのと同時に、確かにあの時自分は、(あらが)(がた)い喜びを感じていた。彼女がもたらす感覚のすべては、自分の中に(ひそ)仄暗(ほのぐら)い欲望をかきたてた。

 彼女の恐怖はどれほどのものだったろう。
 守護者の意志のまま動かされたこの手の感触に、嫌悪(けんお)歓喜(かんき)がないまぜになって、自分はもう彼女のそばにはいられないのだと、ジークヴァルトはその時に悟った。

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